第11話:決定的な証拠
[雪乃の視点]
新しい家のリビングで、私は玲司と向かい合って座っていた。
彼の顔は憔悴しきっている。一週間前の自信に満ちた表情は跡形もなく、まるで別人のようだった。
沙耶のことを考える。
彼女は確かに金目当てだった。でも、それだけではない。息子の将来を案じる母親としての一面もあった。玲司の財力と地位を利用して、子供により良い環境を与えたかったのだろう。
そして玲司。
私も、沙耶も、彼が本気で愛していたのはどちらでもなかった。彼が最も愛していたのは自分自身と、絶え間ない新鮮さだった。
「雪乃……」
玲司が口を開いた。
「俺はもう何もかも失った。会社からも追放され、友人たちからも見放された」
彼の声には諦めが滲んでいる。
「でも、お前だけは……お前だけは俺を理解してくれるはずだ」
私は静かに立ち上がった。
「玲司」
「何だ?」
「あなたが留守中の防犯のために設置した監視カメラ、覚えてる?」
玲司の表情が一瞬止まった。
「あのカメラが、全てを記録していたのよ」
私は彼の目を見つめた。
「沙耶が樹に指示して、階段にシャワー液を撒かせたこと。私を転落させて流産させようとした、あの陰謀の一部始終を」
玲司の顔から血の気が引いた。
石像のように固まっている。
「そして、あなたがそれを隠蔽したことも、全部映像に残ってる」
「お前……ずっと知ってたのか……」
玲司の声はかすれていた。
私は微笑んだ。
「一年間、ずっとね」
玲司は椅子から崩れ落ちそうになった。
「俺はどうしてこんな女に……そして、お前を失うことになったんだ……」
彼の声は慟哭に近かった。
私はバッグから書類を取り出した。
離婚協議書。
「十四年間、あなたは私を軽んじてきた」
玲司の前に書類を置く。
「私の痛みも、私の愛情も、全て当然のものだと思っていた」
玲司は書類を見つめたまま、動かない。
「でも、もうそれも終わり」
私は彼を見下ろした。
「離婚しましょう、玲司」
その時、私は微笑んでいた。
冷たく、決定的な微笑みを。