拓海は眉をひそめ、ちらりと彼女を見ただけで、スーツの上着を放るように掛けた。「もう少し自分の格好を気にしろ」
そう言い捨てると、彼は彼女の表情など意に介さず車を降り、運転席へと回り込んだ。
「この学校はどうしてスカートなんだ。学生ならズボンを履くべきだろう!」東山が先ほどの彼女の姿を見たかもしれない——そう思った瞬間、拓海の顔つきはさらに硬くなった。
彼の上着は大きく、彼女の体をすっぽりと包み込んだ。鼻先には、衣服に染みついた涼やかな煙草の香りがふわりと広がる。詩織はわずかに眉を寄せて裾を引き下ろし、そこでようやく自分の太ももが露わになっていたことに気づき、慌てて上着を巻きつけた。
自分の身なりに気をつけろ、だって……?
それ、私に言ってるの?
詩織はむっとして彼を睨みつけた。そもそも彼が最初に無茶をしなければ、こんなふうに無防備な姿を見せることなんてなかったのに――。
拓海はバックミラー越しに彼女の怒った顔をとらえ、張りつめていた眉がゆっくりとほどけていった。
この娘は一見おとなしいが、実のところ全然そうではない。
どうやら、猫をかぶるのが上手らしい。
詩織は彼と目が合った瞬間、そっと視線をそらして窓の方を向き、赤い唇をきゅっと結んだ。
叔父?彼女にとっては、ただの鬼みたいな男でしかない。
車はゆっくりと郊外へ向かい、まわりの車影も次第にまばらになっていった。車内には二人きり。沈黙が張りつめ、どこか気まずい空気が漂っていた……
拓海は身をかがめてCDを取り出し、ほどなくして、穏やかで柔らかな音色が水のように車内へ広がった。
曲は明るく軽やかで、詩織は思わず眉を上げた。彼がこんな曲を選ぶなんて、意外だった。
「知ってるのか?」
彼の声はどこか淡々としていた。
詩織は窓の外に目を向けたまま静かに答えた。「ポーランドの女性ピアニストで作曲家のバダジェフスカが書いた『乙女の祈り』です。こういう雰囲気の曲、好きなんです」
明るく軽やかで、少女時代の純粋な心情がよく表れている。
拓海は、わずかに意外そうな表情を浮かべた。
雰囲気が和らいだのか、詩織が顔を向けて彼の横顔を見ると、表情が少し柔らかくなっているのに気づいた。
その一瞬の視線に、詩織は思わず目を奪われた。
正直に言えば、あの夜に彼を見たときはまだ夢のようだった。だが今は昼間で、彼は白いシャツに腕まくりをして運転しており、長く逞しい腕が目に入る。
日差しがガラス越しに差し込み、彼の体を金色に照らす。その光が、端正で魅力的な顔立ちをいっそう精緻で非現実的に際立たせていた。
その禁欲的な雰囲気は、さらに際立っていた。
夜の闇の中では、彼は冷酷で決断力のある闇夜の帝王のようだが、昼間は冷たさと距離感を残しつつも、優雅で品格のある男に見える。
それでも、詩織は心の奥で、彼がどれほど危険な存在かを理解していた。
人を惹きつける力はあるが、その危険性は極めて高い存在だ。
墜落、沈溺――詩織は何かを思い出したのか、はっと我に返り視線をそらした。頬が不自然に赤くなる。まずい、今の自分は何をしていたのだろう?ずっと彼を見つめ、目が離せなくなっていたのか――!?
まったく……なんて恥ずかしいことなのだろう。
彼に気づかれていなければいいのだが。
拓海はバックミラー越しに彼女の戸惑った表情を捉え、冷たい瞳の奥にわずかな柔らかさが漂っているのに気づいた。
「今、付き合っている人はいるのか?」
突然の問いに、詩織ははっとし、すぐに俯いて口をつぐんだ。
拓海は、彼女が恥ずかしがっているのだと悟り、瞳が一瞬暗く沈んだ。
学校の門の前を車で通りかかったとき、彼女が誰かと電話している姿を目にした。甘く輝く笑顔を浮かべ、最後には携帯にキスまでしている。恋人と話していたのだろうか――。
その相手は、一体誰なのだろう?
車が突然加速すると、詩織は驚き、前の座席をぎゅっと掴んで体を支えた。
わざとだっていうの!?詩織は歯を食いしばり、彼を睨みつけた。
ようやく和らいだ二人の間の空気は、再び凍りついた。今度は拓海、迷わず目的地まで車を走らせた。
前方には軍区の敷地が広がり、高級軍人や官僚たちが暮らす地区だった――