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장 12: 第十二話 偽りの証拠

 蓮麻呂の実力露呈から一週間が過ぎた頃、都では奇妙な噂が流れ始めていた。陰陽寮での鬼熊討伐の件が、様々に脚色されて語り継がれているのだ。

「藤原家の三男が、実は隠れた天才だったらしい」

「いや、何か怪しい術を使ったという話もある」

「妖怪を一撃で倒すなんて、普通じゃない」

 小菊がこれらの噂を蓮麻呂に報告した時、彼は嫌な予感を覚えていた。

「若様、街での評判が二分しているようです」

 小菊は心配そうに言った。

「賞賛する声もありますが、疑念を抱く人も多いようで」

「疑念?」

「はい。あまりにも急激な実力向上なので、何か裏があるのではないかと」

 蓮麻呂は溜息をついた。確かに、客観的に見れば不自然な話だった。昨日まで平凡だった三男が、突然超人的な力を発揮する。疑いの目を向けられるのも無理はない。

「特に気になるのは」

 小菊が声を潜めた。

「妖怪と何らかの取引をしているのではないか、という噂です」

「妖怪と取引?」

「はい。人間が急激に力を得る方法として、邪悪な妖怪と契約を結ぶという古い話があるそうです」

 それは確かに危険な噂だった。もしそれが信じられるようになれば、蓮麻呂は陰陽師として致命的な疑いをかけられることになる。

 その日の午後、蓮麻呂は父に呼び出された。書斎に向かうと、道長は深刻な表情で待っていた。

「座れ」

「はい、父上」

 道長は机の上の書類を整理してから口を開いた。

「お前のことで、少し厄介な話が持ち上がっている」

「厄介な話……ですか?」

「橘家から、非公式ながら照会があった」

 道長の表情が曇った。

「お前の急激な実力向上について、詳しい調査を行いたいとのことだ」

 蓮麻呂の背筋に冷たいものが走った。橘家が動き出したということは、政治的な思惑が絡んでいる証拠だった。

「調査とは?」

「表向きは『優秀な若手陰陽師の研究』となっているが……」

 道長は苦い表情を見せた。

「実際には、何らかの不正がないかを探ろうとしているのだろう」

「不正……」

「妖怪との禁断の契約、禁術の使用、そういった疑いだ」

 父の言葉に、蓮麻呂は戦慄した。それらは全て、陰陽師にとって最も重い罪とされるものばかりだった。

「しかし、私はそのようなことは……」

「私は信じている」

 道長が手を上げて制した。

「だが、政治的な思惑が絡むと、事実よりも疑惑の方が重要になることがある」

 その夜、蓮麻呂は小菊と共に今後の対策を考えていた。しかし、事態は彼らの想像を超える速度で悪化していた。

 翌朝、屋敷に一通の密告状が届いた。差出人は不明だったが、内容は衝撃的だった。

『藤原蓮麻呂は夜中に妖怪と密会している。その証拠として、以下の品々を庭に隠している』

 そして、具体的な隠し場所まで記載されていた。

「これは……」

 道長の顔が青ざめた。

「父上、これは明らかに偽の告発です」

 蓮麻呂は必死に弁明した。

「私もそう思う。しかし……」

 道長が庭の指定された場所を調べさせると、確かに怪しい品々が発見された。妖怪の毛、血のような赤い液体、そして奇妙な文字が刻まれた石板。

「これは一体……」

 蓮麻呂は愕然とした。明らかに何者かが仕組んだ罠だった。しかし、物的証拠がある以上、無実を証明するのは困難だろう。

「父上、これは誰かの陰謀です」

「分かっている」

 道長の表情は苦渋に満ちていた。

「しかし、この状況では公的な調査を拒むことはできない」

 その日の夕方、橘家からの正式な調査要請が届いた。同時に、他の家からも同様の要請が相次いだ。政治的な圧力が、一気に高まっていた。

「蓮麻呂」

 蓮次郎が現れた。その表情は同情的だったが、瞳の奥に隠された感情を蓮麻呂は見逃さなかった。

「大変なことになりましたね」

「兄上……」

「しかし、真実は必ず明らかになります」

 蓮次郎の言葉は慰めるようだったが、どこか他人事のようだった。

「正直に話せば、きっと理解してもらえるでしょう」

 その時、蓮麻呂は気づいた。蓮次郎の態度に、微かな満足感が滲んでいることに。まるで、予想通りの展開になったとでも言うような。

(まさか……)

 恐ろしい推測が頭をよぎった。しかし、それを確認する術はなかった。

 その夜、小菊が蓮麻呂のもとに駆け込んできた。

「若様、大変です!」

「どうした?」

「証人が現れたそうです。若様が妖怪と密会しているところを見たという人が」

「証人?誰だ?」

「それが……複数いるらしく、明日の査問会で証言するそうです」

 蓮麻呂は暗澹たる気持ちになった。偽の証拠に加えて偽の証人まで。これは組織的な陰謀に違いなかった。

(一体誰が……そして、なぜ?)

 しかし、答えは案外近いところにあるのかもしれない。兄たちの嫉妬、橘家の政治的野望、そして複雑に絡み合った利害関係。全てが蓮麻呂を標的とした巧妙な罠だった。

 明日には査問会が開かれる。そこで、蓮麻呂の運命が決まることになるだろう。罠は既に完成し、あとは獲物がかかるのを待つだけだった。


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