陸田敬人のオフィスは、京港で最も有名なビルの中にあり、最高のセンタースポットに位置していた。掃き出し窓から見下ろすと、京港で最も賑やかな夜景が一望できる。
噂では、かつて都市ドラマの撮影でこのオフィスを借りたいと申し出た制作会社があったが、陸田弁護士は一日二十億円を要求し、資本家たちを怒らせて追い返したという。
陸田敬人はコソファに腰かけ、コーヒーカップを手にしながら華田濃子を見つめていた。
この女、服を着ていれば芸能界の清純派女優だが、脱げば紛れもない世を惑わす妖女だ。
純粋にも艶やかにもなれる容姿で、デビュー当時は京港のボンボン連中に品評されたこともあった。
「ある案件で陸田弁護士にご依頼したいです」
陸田敬人はスプーンでコーヒーをかき混ぜながら言った。「衣冠禽獣(紳士を装った野獣)にも華田お嬢様のご依頼を受ける価値があるとでも?」
華田濃子はは口元こそ笑みを浮かべていたが、内心では舌を出していた。
「陸田坊ちゃまはご存じないかもしれませんが、衣冠禽獣というのは特定の状況では褒め言葉になることもあります」
「例えば?」陸田敬人の口調は冷ややかだった。
「ベッドの上とか」と華田濃子は必死にフォローした。
陸田敬人の深い瞳にかすかな光が走った。
「華田お嬢様に一つ注意しておきますが、俺の相談料は一時間二十万円です」
華田濃子:「……」
「陸田坊ちゃまは銀行強盗をした方が良いのでは」
「銀行強盗よりも、君のような頭の弱い金持ちが私にお金を持ってくるのが好きなんでね」
華田濃子は胸が詰まりそうになるほど腹が立った。とはまさにこういうことか。
「私の案件、陸田坊ちゃまは引き受けてくれますか?」
「引き受けません」と陸田敬人は考えもせずに答えた。
「なぜですか?」
「アダルトビデオの男優の方が俺よりテクニックがあるでしょう。華田お嬢様、そちらを検討されては?ダメなら体育大学の学生も悪くない選択肢ですよ」
華田濃子:「……」
酒で憂さを晴らそうなんて思うべきじゃなかった。これじゃ晴らすどころか憂いが増すばかりだ。
世の中にこれだけ男がいるのに、なぜ陸田敬人なんかに手を出したんだ?
先祖の墓から煙が出たのか?
彼女、華田濃子といえば…京港一の美女で、芸能界の清純派女優が、この男に負けるというのか?
華田濃子はへりくだった笑顔を作った。
「陸田坊ちゃま、そこまで根に持たなくてもいいのでは?」
陸田敬人はソファにだらりと寄りかかり、指先でコーヒーカップを支えながら言った。「華田お嬢様が、婚約者のせいで生じた心の隙間を俺で埋めるのはともかく、俺を男娼のように扱うとはな」
「根に持つ?」
「華田お嬢様の先祖の墓を掘り返さないだけでも、こちらは大人の対応ですよ」
華田濃子は頬杖をついた手でこめかみを揉んだ。怒ってはいけない。二千億円の問題だ!
金のない人生なんて、犬以下だ。
「それなら、陸田坊ちゃまは私の先祖の墓を掘り返した方がいいかもしれませんね。根に持つと体に毒ですよ。心に鬱憤が溜まるとハゲますから。陸田坊ちゃまの髪のためにも、私が先祖の墓を掘り返すのをお手伝いしましょうか!」
陸田敬人は華田濃子を見つめ、その非常識な発言に呆れたようだった。
「ふん、陸田お嬢様はなかなかの孝行娘ですね」
「先祖の墓も、長く同じ場所にあると風水が悪くなるんです。引っ越しさせてあげるのも先祖のためですわ。新しい家、誰だって好きですもの」
陸田敬人は笑った。華田濃子は相変わらず頼りにならない。
「華田お嬢様は見た目はさておき、心は優しいんですね」
華田濃子は我慢の限界に達していた。生まれてこの方、彼女の容姿を貶す者などいなかった。陸田敬人という犬畜生が初めてだ。
彼女が媚びを売るのはこいつの幸運なのに、この犬畜生が何を偉そうにしている?
華田濃子はソファから飛び上がり、テーブルの上のコーヒーを掴み、彼に向かってざばっと浴びせた。抑えきれない怒りが爆発したのだ。
「この守銭奴め、口が悪いくせに、よく喋るわね」
陸田敬人は避ける間もなく、華田濃子が放ったコーヒーを全身に浴びせられた。
真っ白なシャツが一瞬で色を変えた。
華田濃子:「……」
陸田敬人:「……」
華田濃子が我に返った時、逃げ出そうとした。
だが陸田敬人は数歩で追いつき、開けかけていたドアを片腕で押さえつけ、華田濃子を腕とドアの間に閉じ込めた。低く抑えた声には怒りが潜んでいた。
「この俺にぶっかけるとはな?」
華田濃子の手が少し震えた。陸田敬人の評判は、京港では悪名高かった。噂は誇張されているかもしれないが、この男は目的のためには手段を選ばず、法律界の神話でありながら裏社会とも繋がりがあるという。彼に潰されたり、半殺しにされた者は数知れない。
法外の狂徒とは、陸田敬人のことだ。
彼は自ら手を汚すことはないが、相手に生き地獄を味わわせる方法を百通りは持っている。
「私は…パーキンソン病です」
「そうかい?俺にぶっかける時はパーキンソン病で、俺を触る時は何の問題もなかったじゃないか?」
陸田敬人は彼女の腰をを抱き、自分の体に密着させた。その姿勢は非常に曖昧だった。
「華田お嬢様、昨夜の出来事を思い出させてあげようか?」
「それは結構です」
華田濃子は思った。こんな侮辱に耐える必要はない。陸田敬人みたいな犬畜生に媚びるくらいなら、糞を食った方がましだ。
これまでずっと、他人が彼女に跪いて媚びを売ってきた。彼女が他人に媚びを売ったことなど一度もない。
引き受けないなら引き受けなくていい。京港で良い弁護士が見つからないとでも?
京港になければ、世界中を探せばいい。
「陸田坊ちゃま、引き受けないならそれでいいです。同じ界隈の人間ですし、取引がうまくいかなくても礼儀は守りましょう。陸田坊ちゃま、今日の私の無礼のお詫びとして、お値段をおっしゃってください」
陸田敬人の目が深みを増した。お金で人を黙らせるのは、確かに華田濃子らしいやり方だ。
京港一の令嬢という名声は伊達ではない。
「華田お嬢様、それでよろしいか?」
「ええ、お金さえあれば良い弁護士くらい雇えますわ」
「そうですか?」
陸田敬人は意味深な笑みを浮かべた。
「ええ、糞を食べてもあなたには頼みませんから」
陸田敬人は口元を歪め、不敵な笑みが目尻にまで広がった。男はポケットからハンカチを取り出し、首筋のコーヒーの染みを拭った。その悠然とした態度は、見ている者を歯がゆくさせる。
「お引き取り願おうか?」
華田濃子は口を尖らせた。お金がかからないならそれに越したことはない。
彼女がドアを開けて出ようとした時、陸田敬人のアシスタントがノックしようとしていたところだった。アシスタントは華田濃子を見て驚いた。
「陸田社長、華田安という方がお会いしたいと来ています」
華田安(はなた・やす)?
彼女のあの腹黒い次兄?
くそっ!
もし陸田敬人が華田安の代理人を引き受け、相続権の訴訟を担当したら、彼女の負けは決まったも同然ではないか?
これからは母親と碗を持って物乞いでもするのか?
佐々木良則というバカが妻と子供を連れて自分の前を通り過ぎる時、小銭を二枚投げてくれるかもしれない。
陸田敬人はオフィスのクローゼットの前に立ち、汚れたシャツを脱いで着替えようとしていた。
「会わない。追い返せ」華田濃子はアシスタントの前に立ちはだかり、険しい顔で言った。
アシスタントは驚き、陸田敬人を見て指示を仰ごうとしたが、シャツのボタンをかけながら振り返った彼の姿を一目見て固まった。
アシスタント:…マジか?真昼の情事か?
「どうした?」華田濃子が鬼のような形相で言った。
「陸田社長の指示がまだ…」アシスタントは恐る恐る答えた。
「社長夫人の言葉は指示じゃないのか?」
アシスタント:…なんてこった!!!!
華田濃子はそう言うと、ドアをバタンと閉めた。
振り返ると、陸田敬人がクローゼットの前で彼女を見つめていた。片方の袖口のボタンをかけながら、皮肉な笑みを浮かべた。
「行かないのか?」