場内の空気が一瞬で凍りついた。葉山楓はその妊娠検査の結果を見つめたまま、長い間何も言わなかった。
胸を切り裂くような痛みに耐えながら、彼女は無表情で阿部澄子と葉山蒼太を見つめた。
この夫婦は明らかに事情を知っていた。
阿部澄子が立ち上がり、葉山楓の前に来て言った。
「葉山楓、妹は少しわがままだけど、もうここまで来てしまったんだから、何を言っても遅いわ。だから、いっそのこと……」
葉山楓は皮肉な表情を浮かべた。
「いっそのこと、って?」
「いっそのこと、あなたが西村樹と別れたら?結局、彼が好きなのは純なのよ……それに二人はもう子供もできたんだから。純を籍も入れずに彼に添い続けさせられるわけないでしょ?」
葉山楓は怒りが頂点に達し、笑いが出た。
「じゃあ、私は?」
阿部澄子と葉山蒼太は二人とも頭を下げたまま、黙っていた。
「あなたたち、本当に分かってるの?私があなたたちの実の娘よ!あなたたち、一度でも私のことを考えてくれたことある?」
「お母さん、やっぱり私、この子を下ろしたほうがいいかも……」
葉山純は楓以上に悔しそうに、阿部澄子の胸にすがりついて泣き出した。
阿部澄子は心痛みながら彼女を慰めた。
「何言ってるの。あなたが身ごもってるのは西村家の子供なのよ。西村樹が知ったら絶対に同意しないわ」
葉山純は哀れっぽく楓を見つめた。
「お姉ちゃん、義兄さんはあなたのこと好きじゃないのに、彼を独り占めして何になるの?お互い気持ちよく別れた方がいいんじゃない?」
「そうよ。君は西村樹と結婚して二年になるけど、ずっと子供ができなかったじゃないか。今、妹に子供ができて、二人は相思相愛だし……」
傍らにいた葉山蒼太も口を挟み、説得を試みた。
「ありえないわ!」
葉山楓はハンドバッグを取り、心が冷え切った様子で言った。
「離婚するなら、彼自身に私に言わせなさい!」
そう言い残すと、彼女は二度と彼らを見ようともせず、ドアを蹴破るように出て行った。
……
葉山家を出て、葉山楓はまるで全身の力が抜け落ちたようだった。
全身が麻痺し、もう泣くことさえできなかった。
携帯電話は鳴り止まなかったが、表示されているのは見知らぬ番号だった。
葉山楓は出る気すら起きなかった
……
宮殿のように豪華な大きなリビングルーム。
小林健斗は窓の前に立ち、葉山楓という女性に三度も電話をかけた。
しかし、相手はずっと出なかった。
白石執事が彼の背後に近づき、こう告げた。
「ご主人様、宮本家の方がお見えになりました」
小林健斗は眉を少し上げ、携帯電話を側にいる秘書に投げて言った。
「中に通せ」
そう言うと、彼はソファに座った。
宮本母の山崎明美(ヤマザキ・アケミ)は震えながら小林健斗の前に来て、おずおずと声をかけた。
「お婿さん……」
小林健斗は眉をひそめたが、返事はしなかった。
彼は脚を組み、ソファーにもたれかかり、眼前の婦人を睨みつけた。
宮本家も元は名門だったが、二年前の投資失敗以来、没落同然だった。
元々両家には縁組の計画があったため、小林家は宮本家にもそれなりに便宜を図っていた。
しかし誰も予想していなかった。交通事故で婚約予定だった宮本美月(ミヤモト・ミツキ)が、植物状態になってしまったことを。
縁談が潰れると悟った山崎明美は、この下策を思いついた。
当初の計画では、十ヶ月経てば子供が生まれ、小林健斗と子供のDNA鑑定結果を手に入れれば、小林家も認めざるを得ないと考えていた。
まさかそれが、小林健斗に発覚してしまった。
「随分と大胆だな。だが、俺が最も嫌うのは人に騙されることだということを知っているか」
小林健斗の口調には怒りの一片もなかった。だが、それはかえって聞く者に恐れを抱かせた。
山崎明美の膝がガクガク震え、今にも崩れ落ちんばかりだ。
彼女は震える声で言った。
「私が悪かったです。二度としません。以前、美月があなたとの子供を欲しがっておりまして……そんな考えに至りまして……本当に申し訳ございませんでした。お婿さん、どうか今回だけはお許しを」
小林健斗は笑った。
「お婿さん?それが誰のことだ?」