サキュバスの言葉が終わるや否や、その場は一瞬にして静寂に包まれた。
三人の視線が同時に彼女に注がれた。
そんな視線を浴びて、サキュバスの顔に一筋の恥じらいが浮かんだが……
彼女の体は気づかれないように斉藤輝の側から離れ、さらには田中健一の方向へこっそり半歩移動していた。
裏切り!!!
輝は雷に打たれたように、その場で固まった。
この世界において、御し獣が主人を裏切るなど、太陽が西から昇るよりも荒唐無稽なことだった!
召喚師は御し獣にとって、命を与えた「親」も同然なのだ。
大多数の御し獣は戦死しても、決して主人を裏切ることはない。
しかしこの目の前のサキュバスは……
輝は彼女を彼女をじっと睨みつけた。
あの清純で愛らしい顔は相変わらず無邪気に見える。
だが今の彼の目には、それはまるで精巧に偽装された仮面のように映った……
その下に隠されているのは計算高さと貪欲さばかりだ!
だが次の瞬間、輝は突然笑みを浮かべた。
「人間万事が塞翁が馬」だ。
いつ爆発するか分からない時限爆弾を側に置いておくより、早めに正体を見極めた方がいい!
史詩級御し獣だろうが何だろうが?
彼のチート能力で育成できるのはこの一体だけではない!
たとえ普通の御し獣に替えても、彼の育成の下では、いずれ頂点に立つことができるのだ!
「面白いな」
輝は軽く笑いながら頭を振った。
「どうやらある者は……いや、獣は、最も基本的な忠誠心すら理解していないようだ」
一方、
健一は一瞬驚いた後、顔の笑みがさらに輝いた。
「サキュバス族が賢いという噂は聞いていたが、今日会って本当にその通りだと分かった!」
「サキュバスさん、もし息子について来てくれるなら、我が田中家は必ずあらゆる資源を注いであなたを育成する!」
そう言いながら、彼は偽善的な視線を輝に向けた。
「君、君の御し獣がこう言っているのに、彼女を……困らせたりはしないよね?」
「ふざけるな!」
この一部始終を見ていた鈴木毅彦は、勢いよく一歩踏み出して怒鳴った。
戦場から退役した毅彦は、健一のような権力を利用した行為を非常に嫌悪していた。
「『竜夏御し獸法』には、御し獣の取引は召喚師本人の同意が必要とと規定されている!いつから御し獣が勝手に決められるようになったんだ?」
彼は輝の方を向き、目を輝かせて言った。
「今日は君が首を振るだけで、誰も彼女を連れて行くことはできない!」
この言葉により、再び全員の視線が輝に集中した。
祭壇の上の風が急に止んだ。
輝はゆっくりと顔を向け、懇哀願と自由への渴望を帯びた眼差しのサキュバスを見つめた。
この御し獣は……そこまで急いで彼から離れたいのか?
彼は突然笑った。皮肉と諦めが入り混じった笑みだった。
「田中店主」輝の声は恐ろしいほど平静だった。「この取引、同意します」
健一とサキュバスの顔に同時に喜色が浮かんだが、彼らが安堵の息をつく前に——
「ただし……」
この二言で二人の心臓は一瞬のうちに喉元まで飛び上がった。
「値段は倍の4億円だ」
——ドン!
この数字は雷鳴のように響き、健一の顔色を一変させた。
普通の史詩級御し獣の市場価格は1億6000万円程度だ。
彼が2億円を提示したのは既にプレミアム価格だったのに、この若者がよくも値上げを要求できたものだ!
「君、この値段は……」
健一は怒りを押さえ込み、値切りを試みた。
「値切りはお断りします」
輝は彼の言葉を遮り、氷のように冷たい声で言った。
「田中会頭がこの価格を出せないなら……」
「彼女を廃棄処分に送るつもりだ!」
パキッ!
サキュバスの顔の仮面が一瞬で崩れ落ちた。
精神系御し獣として、彼女は輝の言葉に込められた殺意をはっきりと感じ取った——
この男は、本気だった!
「うぅ……」
死の前では、彼女はもはやあのいじらしく哀れな様子を維持できなかった。
彼女は恐怖に駆られて健一を見つめ、その目には哀願の色が満ちていた。
それが彼女の唯一の生きる望みだった!
一方、健一の顔色は陰鬱に変化した。
4億円は彼にとって大した金額ではないが、まだ駆け出しの若者にここまで手玉に取られるのは、胸にわだかまりを感じさせた。
彼は目を細めて目の前の若者を観察し、相手が「彼を読み切った」態度にさらに腹立たしさを感じた。
しかし息子のことを思い出すと、この怒りを何とか押し殺した。
まずはこの御し獣を確保してから、残りの問題は……
これからの日々はまだ長い。
「わかった、承知した!」
健一はほとんど歯を食いしばるようにしてその言葉を絞り出した。
輝はそれ以上何も言わず、サキュバスとの臨時契約を手際よく解除した。
救われたサキュバスは、すぐに健一に感謝の眼差しを送り、蜜のように甘い声で言った。
「必ずあなたの息子をしっかりサポートします~」
健一は目的を達成し、冷たく鼻を鳴らすと、サキュバスを連れて立ち去った。
鈴木先生は少し呆然とする輝を見て、軽くため息をつき、彼の肩を叩いた。
「こういうことは私も多く見てきたが、御し獣が主人を裏切るというのは……」
彼は頭を振った。「確かに初めてだな」
「しかし、これが必ずしも悪いことではない」
「少なくとも彼女の正体を見抜けた。この金で優秀級の御し獣を選んで、しっかり育成できる」
「ありがとうございます、先生」
毅彦と別れた後、輝は一人で召喚祭壇を出た。
夕日が彼の影を長く伸ばし、通りの両側の奇妙な建物や道を歩く様々な御し獣たちが、ここがもはや元の世界ではないことを彼に思い出させていた。
彼は深く息を吸い、胸の複雑な感情を押し殺した。
今最も急いでいるのは、一刻も早く御し獣と契約することだ——
資質がどうであれ!
「御し獣がなければ、十日後の校内選抜には参加できない……」
輝は小声で呟き、思わず眉をしかめた。
この世界の「大学入試」制度は前世とは全く異なっていた。
過酷な三段階の淘汰制度があり、第一段階は十日後に行われる校内選抜だ。
各学院から上位百名だけが次に進めるが、今の彼は参加資格さえ危うい状況だった。
そう考えると、輝は思わず拳を握りしめた。
あのサキュバスが裏切っていなければ、十日あれば材料を集めて最初の育成を完了できたはずだ……
史詩級サキュバスをさらに強化すれば、校内試験で一位を取れなくても、十位以内には確実に入れただろう。
だが今は……
指の関節が力を入れて白くなり、彼は自分を冷静にさせようと努めた。
「少なくとも4億はある……」
この巨額のお金があれば、御し獣商會で優秀資質の御し獣を購入するには十分だ。
史詩級資質のサキュバスには及ばないが、彼には他に選択肢がなかった。
輝は手を上げて二足の地竜が引く馬車型タクシーを停め、車内に入ると低く沈んだ声でで言った。
「運転手さん、御し獣商會へ行ってください。臨淵城で一番大きな店へ」
……
……