朝の霧に差し込む金色の光が、山村の石畳の小道を照らしていた。藁屋根からは煙がゆらゆらと立ち上り、鶏たちの鳴き声が家々の上を越えて響いた。老商人たちは、長年の習慣のように静かに屋台の準備をしていた。
リン・カイは静かに一歩を踏み出した。
衣は清潔だが擦り切れており、姿勢は真っすぐながら慎重だった。その傍らを歩くシェン・メイは、周囲の視線を気にするように視線を泳がせ、彼の半歩後ろを控えめに歩いていた。
町の者たちが彼を見つめる。
そして、囁きが始まった。
「リン・カイじゃないか?」
「昨日、橋から飛び降りたって聞いたぞ」
「チッ。あんなゴミですら死ねなかったのか」
その静寂を嘲笑が切り裂く。
通りの向こう側に、外門弟子候補のドゥ・シャンが腕を組んで立っていた。口元には軽蔑の笑みを浮かべ、いつも手入れのされていない剣を背にしていた。
「まだ這い回ってんのか、根無し草」
「次はもっと高い所から飛びな」
シェン・メイは肩をすくめたが、リン・カイの表情は変わらなかった。静かな目でドゥ・シャンを見つめ、一言も返さなかった。
内心では――
「ドゥ・シャン、十八歳。左上奥歯に隙間。右手に剣ダコ。膝が弱く、自信過剰。記録完了。」
——
村の中心を無言で通り過ぎ、二人はやがて角の店に辿り着く。
その看板は色あせて揺れていた。『ムウ婆の薬舗』。乾燥させた薬草が軒先に吊るされ、苦い香りが漂っている。
中には、背を丸めた老婆が座っていた。肌は紙のようにひび割れていたが、瞳は鋭く曇りなかった。
「絆創膏でも買いに来たのかい、根無し草」
彼女は立ち上がろうともしなかった。
シェン・メイが身体をこわばらせる中、カエレンは軽く頭を下げた。
「気の流れを安定させる内服薬を探しています。長期的な虚弱のために。」
ムウ婆は鼻で笑った。
「気の流れだと? お前みたいな根無しに流れるものなんてないさ」
カエレンは黙って棚の薬瓶に目を向け、そっと手を伸ばす。
そして、感じた。
九糸青藤。
ガラス瓶の中に収まったそれは、淡い青を脈打つように光らせていた。魂根の損傷を癒し、魔神経の導伝を強化する稀少な草。
「マンヴァイン病の治癒に最適だな…」
「この薬草、値段はいくらですか?」
「三十銀だ。だが夢見がちな小僧には売らんよ」
カエレンは表情を変えずに頷いた。
「参考になりました」
そして店を後にした。
——
帰り道、カエレンは無言だった。シェン・メイは手に安い草薬を抱えながら、俯いたまま歩いていた。
帰宅すると、彼は静かに床に座った。
視界に小さなパネルが現れる。
[ デイリークエスト – 未完了 ]
瞑想10分
96の魔気脈のうち1つを開く
報酬:マナ +1
「……無駄にするなよ」
彼は脚を組み、ゆっくりと目を閉じる。
「メラキエルの呼吸」
かつての人生で編み出した技。だが第六魔法階層に到達してからでは魔脈が硬直し、使うことはできなかった。
「今なら、できる」
魂核から吸い、精神面で吐く。
世界のエーテルと呼応するように、静かに呼吸を繰り返す。
周囲の魔力が微かに震える。
そして、点火。
ひとつの魔気脈が輝いた。
[ デイリークエスト達成 – マナ+1 ]
目の前に淡い青のパネルが浮かび上がる。
[ キャラクター ]
名前:リン・カイ
種族:人間(男性)
年齢:16
霊根:なし
修行段階:なし(凡人)
魔術階層:なし
[ サイキック ]
究極魔導のサイキック
根無しのサイキック
[ 技法 ]
メラキエルの呼吸
[ 能力値 ]
力:2
防御:1
速度:1
マナ:11
気:0
魔気脈:1/96
「九十六分の一……まだまだ先は長い」
彼は画面を閉じ、立ち上がった。
「もし金があれば、九糸青藤を買って…マンヴァイン病を癒せるのに…」
思考のまま、声を上げた。
「シェン・メイ、少し来てくれ」
彼女が戸口に現れる。
「はい、若様?」
「自殺する前…俺、何か金を預けていたか?」
シェン・メイの顔が赤く染まる。
「はい……全財産を私に。使わずに取っておきました」
「それで……いくらある?」
「十金貨です」
「……十?」
彼は軽くため息を吐く。
「一金は百銀だったよな?」
「はい」
「……この身体、思ったより金持ちだったな」
「一枚だけ借りる。今はそれで十分だ」
「全部持ってきます!」
「いや、一枚でいい」
彼女は頭を下げ、一枚の金貨を手渡した。
カエレンは静かに微笑んだ。
「明日、もう一度ムウ婆の薬舗に行く」
「あの草……買うのですか?」
「見ていろ」
彼は窓の外を見つめながら、金貨を握り締めた。
「この九糸青藤……この世界に俺の魔道が再び芽吹く火種になるだろう」