指先が下ろされようとしたとき、一瞬の冷たさが先に彼の手を掴んだ。
幽霊のような速さで、瀕死の人間にできるとは思えない動きだった。
内藤昭文は無表情な目に一筋の波を立て、その表情からは喜怒が読み取れなかった。
村雲は目を見開いた。「ご主人様……」
彼女が、彼女が昭文様の手を掴むなんて?
ご主人様が、痴漢被害に?
少女は必死に頭を持ち上げ、柔らかな光が彼女の艶やかな眉目を照らし、瞳は明るく、きらめいていた。
視線が交わり、昭文は薄い唇を開いた。「手を放せ。」
穏やかな口調に、村雲は驚いた。
ご主人様はいつからこんなに気が長くなったんだ?
あの潔癖症ぶりからすれば、さっさと人を振り払うはずじゃないのか?
望月清華はぼんやりとした目で自分が掴んでいる手を見つめ、うわごとのように呟いた。
「暖かい……」
かすかな声で、ぼんやりとしていたが、昭文は不思議と身を寄せて聞き入った。
「手が、とても暖かい……」
生まれた時から一片の魂として漂泊していた彼女は、十八年もの間、日の当たらない暗闇で生きてきた。
今やっと自分の体に戻り、初めて温度を感じることができた。
昭文の温かい手のひらは、冬の日の暖かい日差しのように、彼女を冷たい深淵から引き上げ、魂が本来の場所に戻り、この世界に戻った実感を与えてくれた。
彼女は今、生きている人間になった。もう魂の欠片ではない。
なんて素晴らしいことだろう!
彼の手のひらの温もりを求めて、清華は彼の手をしっかりと握りしめた。
一瞬の覚醒の後、疲労が押し寄せ、彼女の体は力なく、再び意識を失った。
村雲は驚きから我に返り、急いで言った。「ご主人様、詐りにご注意を。」」
森が大きいと何でもいる。この人が理由もなく山荘に現れたのは、警戒すべきだ。
昭文は手を引き、視線を少女の汚れた顔に移し、頭の中にあの澄んだ黒い瞳が浮かんだ。
彼は立ち上がり、言った。「連れて行く」
退屈な日々が続いていたから、面白い人間に出会えたのは珍しい。
村雲は頷き、習慣的に人の襟首を掴もうとした。
「待て」
村雲の手が宙に止まり、不思議そうに昭文を見た。
「必要ない」
意味の分からない一言に、村雲は困惑した。
彼が「あ」と声を出す中、昭文はゆっくりとかがみこんだ。
長い腕を伸ばし、地面に倒れている少女を抱き上げた。
昭文は腕の中の彼女を見下ろし、口角を引き上げた。
確かに軽いが、少し凶暴だな。
村雲は衝撃を受けた表情で、まるで晴天の霹靂を頭に受けたようだった。
これは幻覚なのか?
ご主人様が人を抱きかかえるなんて、それも女性を?
彼は激しく頭を振り、自分の錯覚だと確信した。
「何をぼんやりしている、ついてこい」
涼やかで落ち着いた声音が聞こえる。村雲はやっと我に返った。見上げると、昭文はすでに遠くに行っていた。
「ご主人様、待ってください」彼は慌てて追いかけ、足取りさえもつまずいた。
……
夜になった。
月明かりがぼんやりと差し込み、緑の森に隠れるように立つ山荘があった。
冷たい風が窓から吹き込み、部屋に静寂が満ちていた。
ベッドで丸くなっていた影が動き、長いまつ毛がわずかに震えた。
清華は目を開け、見慣れない環境に一瞬戸惑いを見せた。
一瞬の迷いの後、彼女は素早くベッドから飛び起き、浴室に向かった。
一通り見回し、彼女の視線は洗面台の鏡に留まり、急いで駆け寄った。
鏡に映った自身の姿を見た時、彼女はその場に呆然と立ち尽くした。
視線は鏡の中の人物を一寸ずつ滑っていく。灰まみれの顔に傷だらけ、さらに全身に赤いペンキを浴びせかけられている。
実に見るも無残なほど惨めな姿だった。
幸いなことに、顔にはほんの少しだけペンキが付いており、ひどくはなかった。
彼女は水道の蛇口をひねり、顔を洗い始めた。
顔の汚れや泥が洗い流され、本来の容姿が現れた。
肌は光を放つように白く、墨で描いたような眉、澄んだ目には冷淡さと気ままさが混じっていた。
彼女の紅色の唇が少し上がり、一挙手一投足に活気と色気があった。
鏡に映る見慣れた顔を見て、彼女の口角が少し上がった。
「ふふ」
冷たくも満足と喜びの混じった笑い声。「やっと人間に戻れた」
夢ではなかった。彼女は本当に自分の体に戻り、不完全だった魂がついに完全になったのだ。
生まれた瞬間から、彼女はずっと魂の欠片として自身の本体の傍らに付き従っていた。
しかし、そんな日々は彼女が八歳になるまで続き、無邪気で退屈だった彼女は本体を離れ、さまよい、あっという間に十年が過ぎた。
雨の中、ちょっと散歩に出ただけのつもりが、突然の雷に打たれてしまった。
しかし、正にそのおかげで、彼女は自分の体に戻ることができたのである。
もし雷に打たれることで魂が体に戻れると早く知っていたら、毎日雷を待っていただろう。
喜びもつかの間、狂おしいほどの痛みが彼女の頭を占領した。
突然の激しい痛みに、前触れもなかった。
清華は手で頭を押さえ、断片的な記憶が頭の中に浮かび、徐々に鮮明になった。
痛みが引くと、彼女は顔を上げ、青白く美しい目に怒りの色が滲んだ。
魂の欠けた彼女が、誰からも虐げられる哀れな存在になっていたなんて…
何て屈辱的だ。