第4話:あと十二日
[雪音の視点]
「ウェディングフォト、やめよう」
朝のテーブルで、冬夜がカレンダーを指差しながらそう言った。
私はコーヒーカップを口元に運んだまま、彼を見つめた。
「そう」
あっさりと答えると、冬夜の眉がわずかに上がった。もっと反対されると思っていたのだろう。
でも、もともと結婚するつもりなんてない。ウェディングフォトなんて、どうでもいい。
「......意外だな。もっと嫌がると思ってた」
「別に」
私は再びコーヒーを飲んだ。苦味が舌に広がる。
冬夜は少し戸惑ったような表情を見せたが、すぐに安堵の笑みを浮かべた。
「ありがとう。実は......明日、紅と一緒に撮ることにしようと思うんだ。後で改めて撮り直せばいいさ」
後で。
内心で苦笑いが浮かんだ。この街にいるのは、あと十三日。「後で」なんて存在しない。
「わかった」
私は静かに頷いた。
翌朝、冬夜は慌ただしく身支度を整えていた。
「今日のフォト撮影の後、紅と少し旅行に行ってくる」
鏡の前でネクタイを直しながら、彼が振り返った。
「旅行?」
「二泊三日くらいかな。結婚式は簡単にしておいて。リハーサルとか準備は時間がないから、すべて君に任せるよ」
私は洗い物をしていた手を止めた。
結婚式の準備を、花嫁一人に丸投げ。
しかも、別の女性と旅行に行った直後に。
「雪音?」
返事をしない私を見て、冬夜が心配そうに声をかけた。
「聞こえてる」
私は振り返らずに答えた。
「そうそう、新婚旅行はセレスティア大陸にしよう。君、前から行きたがってたよね」
冬夜の声が妙に明るい。機嫌を取ろうとしているのがありありとわかる。
でも、私は何も答えなかった。
「......帰ってからまた話そう」
時計を見た冬夜が、慌てて玄関へ向かった。
ドアが閉まる音が響く。
私は一人になったリビングで、テーブルの上のカレンダーを見つめた。
今日の欄に書かれた「ウェディングフォト」の文字に、大きなバツ印をつける。
あと十二日。
ペンを置いて、私は立ち上がった。
クローゼットを開けると、五年間の思い出が詰まった品々が目に入る。
古びたアルバム。
ページをめくってみると、写真はほとんど入っていない。二人で撮った写真なんて、片手で数えられるほどしかなかった。
次に手に取ったのは、ペアのパジャマ。
去年のクリスマスに買ったものだ。私は何度も着たけれど、冬夜の分はタグがついたまま。一度も袖を通していない。
五年間、一緒に暮らしながら、この部屋にあるものは全て私が少しずつ揃え、空っぽだった部屋を居心地のいい空間に変えてきた。だが、よくよく見てみると、そのほとんどを冬夜は一度も使ったことがない。
カップルの写真立て、お揃いのマグカップ、二人用のクッション。
全部、私一人の思い出だった。
私はそれらを一つずつ、ゴミ袋に入れ始めた。
思い出と一緒に、過去も消し去ってしまおう。
カレンダーを見上げる。
あと十二日で、この部屋からも、この街からも、そして冬夜からも——
完全に消えてしまう予定だった。