高橋美咲は疲れ切った体で従業員寮に戻った。
石川明彦との口論の後、衝動的に辞表を叩きつけたことを少し後悔していた。
今の時代、仕事を見つけるのは容易ではない。辞めれば寮も出ていかねばならず、すぐに住む場所を探さなければならない。
高知市の生活費は高く、さらに骨髄適合検査の問題も解決しなければならない。どれもこれもお金がかかる。
何より重要なのは、息子である高橋真一(たかはし しんいち)の白血病治療に、毎月膨大な医療費が必要だということだ。真一の治療費を稼ぐため海外で三年間働いても、一銭も貯まらず、むしろ木村智也に多額の借金を作ってしまった。今月もまた、次の治療費の支払いが迫っている。
しかし退職して収入が途絶えれば、どこからそんな大金を工面すればいいのか?
美咲は深いため息をつき、真一の主治医に国際電話をかけた。
医師からは、真一の容体は安定しているが、適合するドナーをまだ待っている状態だと伝えられた。医療費について尋ねると、木村さんが未払い分をすべて精算し、さらに多額の前払いを医療口座に入金してくださったことを丁寧に説明された。
美咲は短く礼を述べて電話を切った。
木村智也は本当に良い人だ。だが、彼のことを愛せない以上、これ以上借りを増やすべきではない。
しかし今の彼女には無一文で、木村への借金をどう返せばいいのか? 厚かましくも鈴木雅彦に頼むべきだろうか?
思ったように、美咲が悩んでいるまさにその時、鈴木雅彦から電話がかかってきた。
「病院に急ぎで結果を出させたが、私の血液型も適合しなかった。愛奈も血縁者だ。彼女にも検査を受けさせてはどうか?」
「いいえ、愛奈には言わないでください。私と彼女の関係をあなたはよくご存じでしょう。彼女が真一を害さないとは限らない」
「……」雅彦は沈黙した。「美咲、愛奈をそこまで悪く言うな。小さい頃は、君のことが大好きだったんだ」
「鈴木会長、あなたの娘は、私と御手洗彰仁がまだ結婚しているときに、私の夫の子供を妊娠して家に押し掛け、離婚を迫りました。今さら彼女が悪人じゃないなんて? 私を愚か者だと思っているんですか?」美咲は雅彦の言葉に呆れ、笑いが出そうになった。鈴木はいつもこうだ。彼女に対しては厳格に、一言一行を機械のように管理しようとするくせに、他の者、特に彼女を傷つける者に対しては驚くほど寛大なのだ。
「愛奈のことをそんな風に言うな。この件で最も悪いのは、御手洗という男だ」
「おっしゃる通りですね。男ってのは一人も善人なんかいない。彰仁もそう、あなただって大して変わりません。役に立たないなら、あれこれ口出ししないで。真一のことを他言したら、もうあなたを父親とは認めませんから」美咲は不快そうに言い放ち、これ以上雅彦と話す気も失せ、一方的に電話を切った。
受話器を置くと、美咲の心はさらに乱れた。骨髄バンクでは依然として適合するドナーが見つからず、鈴木からの見込みも立たない。真一を一生、病院で細心の注意を払いながら生きさせておくわけにもいかない。本当に最後の手段しか残されていないのだろうか?
実の兄弟姉妹の適合率が最も高い。他に手段がなければ、御手洗彰仁ともう一人子供を設けるしかない。しかし今の彼女と彰仁は犬猿の仲だ。もう一人子供を作るなんて、到底無理な話である。
それに、今の経済状況で、もう一人子供を養えるだろうか? 確かに彰仁には経済力があるが、子供の継母は鈴木愛奈だ。愛奈は彼女を心底憎んでいる。きっと実の子のように彼女の子供を虐待するに違いない……。
美咲は布団に顔を埋めた。このまま、二度と目を覚まさずに眠り続けたいと思った。
神様、彼女はどうすればいいのだろう……。
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生活は続いていく。
朝早く、美咲はわずかな荷物をまとめ、小さなホテルにでも滞在しながら、新しい仕事と住まいを探すつもりだった。辞めた以上、石川明彦の施設に居続けるわけにはいかない。
しかし階下に降りると、思いがけない訪問者に出くわした。
高級車の窓が静かに下り、手入れの行き届いた林田陽子の顔が現れた。
「美咲、こっちに来て話がある」
美咲は内心いら立ちを感じながらも、歩み寄った。「何のご用ですか?」