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第1話:偽りの花嫁
[詩織(しおり)の視点]
司会者の声が式場に響く。
「それでは新郎様、誓いの言葉をお願いいたします」
私は祭壇の前で一人、純白のドレスに身を包んで立っている。隣にいるはずの新郎の姿はない。
来賓席がざわめき始めた。視線が私に集中する。恥ずかしさや困惑ではなく、好奇心と嘲笑に満ちた視線だった。
ああ、やっぱり。
私は内心で小さくため息をついた。これは計画通りなのだ。私を辱めるための、周到に練られた茶番劇。
「一人だけの結婚式を見せてやるって言っただろ?」
晃牙(こうが)の声が聞こえた。振り返ると、彼は来賓席の最前列で義妹の夜瑠(やる)に笑いかけている。夜瑠は嬉しそうに頷いていた。
「詩織お姉ちゃん、可哀想」
夜瑠の声には同情のかけらもない。むしろ期待に満ちていた。
突然、兄の智也(ともや)がマイクを握って立ち上がった。
「皆様、申し訳ございません。この結婚式は中断させていただきます」
智也の宣言に続いて、幼馴染の拓海(たくみ)が大声で叫んだ。
「詩織!お前なんかと結婚する男がいるわけないだろ!」
その瞬間、頭上から何かが落ちてきた。
水風船だった。
冷たい水が私の頭から全身に降り注ぐ。純白のドレスが水に濡れ、髪から水滴が滴り落ちる。会場が爆笑に包まれた。
夜瑠がくすくすと笑い声を上げている。ようやく思い通りの光景が見られて、満足そうだった。
「おい、やりすぎだぞ」
晃牙が拓海の肩を軽く叩きながら、心配するふりをして私に近づいてきた。でも、その目は笑っていた。
「詩織、大丈夫か?」
私は何も答えない。ただ冷たい視線で彼を見つめた。
晃牙は小さな箱を取り出した。結婚指輪の箱だった。本来なら私の指にはめられるはずの指輪を、箱ごと私の前に突きつける。
「結婚したくて、花嫁になりたかったんだろ?叶えてやったぞ」
彼の声は嘲笑に満ちていた。
「俺が本当にお前と結婚するつもりだと思ってるのか?」
晃牙は大声で笑った。
「わからないのか?これはただ夜瑠を喜ばせたかっただけの茶番だ!」
過去の私なら、きっと泣いて懇願していただろう。でも今は違う。
私は静かに顔の水滴を拭った。そして、落ち着いた声で言った。
「結婚式の予行練習に付き合ってくれてありがとう。これで本番も上手くいくはずね」
晃牙の顔が一瞬凍りついた。そして怒りに歪む。
「お前は本当にバカなのか?それとも、わざととぼけてるのか?まだ俺がお前と結婚するとでも思ってるのか?わからないのか?これはただ夜瑠を喜ばせたかっただけの茶番だ!」
私は微笑んだ。
本番って、一体何のことなのかしら?