第3話:孤立無援の審判
[詩織の視点]
「本当の夫?」
智也が眉をひそめて立ち上がった。
「詩織、何を言ってるんだ?」
会場がざわめく中、私は落ち着いて答えた。
「文字通りの意味よ。私には本当の夫がいるの」
「はあ?」
拓海が大声で笑った。
「詩織、お前まだ晃牙の気を引こうとしてるのか?そんな嘘ついて、みっともないぞ」
智也も首を振った。
「詩織、いい加減にしろ。こんな場所で嘘をつくなんて」
私の心臓が早鐘を打った。でも、表情は崩さない。
「嘘じゃないわ」
その時、夜瑠が優しい声で口を開いた。
「詩織お姉ちゃん、女の子は慎み深くあるべきよ」
彼女の声は蜜のように甘く、まるで私を心配しているかのようだった。でも、その目は冷たく光っていた。
「もうこれ以上意地を張るのはやめて。みんな、お姉ちゃんのことを心配してるのよ」
会場の視線が私に集中する。同情ではなく、好奇心と軽蔑に満ちた視線だった。
私は震える手で携帯電話を取り出した。一度しか会ったことのない相手。本当に電話に出てくれるだろうか。
プルルル...プルルル...
呼び出し音が虚しく響く。
繋がらない。
心が風船のようにしぼんでいく。不安が胸を締め付けた。
「ほら、やっぱり嘘じゃないか」
拓海が勝ち誇ったように言った。
「詩織、お前って本当に幼稚だよな」
夜瑠が晃牙の袖を引いた。
「晃牙さん、式だけでも付き合ってあげたら?お姉ちゃんが可哀想よ」
晃牙は冷たく首を振った。
「俺は詩織と結婚する気は全くない」
その言葉が胸に突き刺さった。
かつて、晃牙は私を見つめて「君を守りたい」と言ってくれた。拓海も「詩織は俺が守る」と約束してくれた。智也だって、「妹を泣かせる奴は許さない」と言ってくれていた。
でも今、その同じ男たちが手のひらを返して私を拒絶している。
心が麻痺するほど痛んだ。
「詩織!」
突然、父の怒声が響いた。
鬼塚(おにづか)正臣(まさおみ)が壇上に上がってきた。顔は真っ赤で、怒りに震えていた。
「何をふざけているんだ!俺の顔を丸つぶしにするつもりか!」
父の怒鳴り声が会場に響く。
「夜瑠を見習って、少しは分別を持て!お前は嫁にも行けず、結婚したくてしょうがない厄介者だってことを、皆に知らしめたいのか?!」
私の最後の希望が砕け散った。
家族からも見捨てられた。
もう誰も私の味方はいない。
会場の人々は、この家族の醜態を興味深そうに眺めていた。鬼塚家の長女が公然と辱められる様子を、まるで見世物のように。
一部の女性たちは「可哀想に」と囁き合っていたが、その声には同情よりも優越感が滲んでいた。自分たちは幸せな結婚をしているという安堵感と、他人の不幸を見下ろす快感が混じり合っていた。
[詩織の視点]
絶望の淵で立ち尽くす私の手を、誰かが握った。
「詩織は嘘をついたりしない!」
祖母だった。
杖をついて立ち上がった祖母が、私の手をしっかりと握りしめてくれた。
「この子が嘘つきだって言うなら、私も嘘つきよ」
祖母の手は小さくて温かかった。
その時、私の携帯電話が鳴った。
プルルル...
会場が静まり返る。
私は震える手で電話に出た。
「もしもし」
「ごめん、詩織。今日は少し渋滞しているんだ。でも、もう向かっている途中だよ」
落ち着いた男性の声が聞こえた。
不思議だった。その声を聞いた瞬間、荒れ狂っていた心が静まった。まるで嵐の海に突然現れた灯台のように。
「本当に...来てくれるの?」
「約束しただろう?」
電話の向こうで、彼が微笑んでいるのがわかった。
拓海が最後まで冷やかすように言った。
「まさか、急遽役者を雇ったんじゃないだろうな?」
でも、もうその言葉は私に届かなかった。
果たして彼は本当に現れるのだろうか?