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第1話:裏切りの証拠
[相沢(あいざわ) 雪乃(ゆきの)の視点]
「これからは沙耶(さや)がお前の代わりを務める」
玲司(れいじ)の冷たい声が、私の耳に突き刺さった。
沙耶の髪を掴んだ私の手に、さらに力が入る。この女が、私の夫を奪い、今度は私の地位まで奪おうとしている。
「離して!」
沙耶が悲鳴を上げるが、私は手を離さない。五年間築き上げてきた全てを、この女に渡すものか。
玲司が私の腕を掴み、無理やり引き離そうとする。
「雪乃、やめろ!」
私は振り返り、夫の顔を見つめた。そこにあったのは、私への愛ではなく、沙耶を守ろうとする必死さだった。
――
家政婦からの電話を受けて、玲司が慌てて帰宅したのは夜の九時過ぎだった。
私は居間で待っていた。散らかった部屋の中央に座り、夫の帰りを待っていた。
「雪乃、何をしたんだ」
玲司の声は疲れていた。ネクタイを緩めながら、彼は私を見下ろす。
その瞬間、私の心臓が止まりそうになった。
ネクタイの結び方が違う。
私が毎朝結んでいるのは、シンプルなプレーンノット。でも今、玲司の首元にあるのは、複雑に編み込まれた松結びだった。
沙耶だけが知っている結び方。
彼女が秘書時代、「特別な日には特別な結び方を」と言って、玲司に教えていた結び方。
「どこにいたの」
私の声は震えていた。
「会社だ。君が暴れていると連絡があって、急いで帰ってきた」
嘘つき。
会社にいたなら、なぜネクタイが松結びになっている?
「沙耶はどこ?」
玲司の表情が一瞬強張った。
「沙耶?何を言っているんだ。彼女はもう会社にいないだろう」
「嘘よ」
私は立ち上がった。感情を抑えようとしたが、体の震えは止まらなかった。
「被害妄想もいい加減にしろ。沙耶のことは忘れろ」
玲司の声に苛立ちが混じる。でも、私にはわかった。彼が動揺していることが。
私は静かにテーブルの引き出しを開けた。
そして、一枚ずつ写真を取り出し、玲司の前に並べていく。
ホテルの前で手を繋ぐ二人。
レストランで見つめ合う二人。
そして、キスをする二人。
玲司の顔から血の気が引いていく。
「全部知っていたのか」
かすれた声だった。
もう言い逃れはできない。証拠は揃っている。
玲司は深くため息をつき、ソファに崩れるように座った。
「いつから沙耶と……」
私の問いかけに、玲司はゆっくりと口を開いた。