アルトタイの剣身が微かに震えた。
「どうして……私は嗅覚がないはずなのに……なんて香ばしいんだ!」
鍋から取り出され、丼に盛り付けられた黄金色の卵チャーハンを見つめ、思わずその中に潜む美味しさを想像してしまった。
いや、駄目だ……一度味わってしまったら、もう後戻りはできない……
「勇者様、どうかお諦めなく!」
しかし、ミノは笑った。
「ふふ……安心しろアルトタイ、私はお前の主人だ。お前は私を少し見くびりすぎている……」
落ち着いた口調には、悪魔の誘惑に揺らぐ震えや動揺が全くなかった。クレアティナは驚いて口を開けた。
どういうことだ……フェムの能力が効いていないのか?!
クレアティナの呆然とした表情を前に、ミノは断固たる声で宣言した:
「断る!」
声は牢獄内に響き渡った……
彼は断った……クレアティナの心は動揺した。前回のようにミノが簡単に屈するとばかり思っていたが、彼はフェムの拷問に耐え抜いただけでなく、その口調はあまりにも決然としていた!
こんなことがありえるのか?!
「不可能なことなどない。アルトタイ、お前はずっと不思議に思っていただろう……なぜ私が王宮の料理を味わっても、何の感想も述べないのかを」
ミノは首を回し、笑みを浮かべて聖剣を見つめた。
アルトタイの剣身が微かに震え、何かを思い出した。
王家の美食も、冒険者の宴も、さらにはカリア王女の手作りした昼食でさえ、ミノは一度も味わい深く惜しむ様子を見せなかった。
これはライ麦パンしか食べてこなかった勇者にあるべき反応ではない。つまり――
「まさか……」
聖剣は震え、ついに真相を悟った。
「その通りだ」ミノは口元をほころばせた:
「あれほどの長きにわたりライ麦パンを食べ続けてきた私は、もう……味覚を失ってしまったのだ!」
「だから、この卵チャーハンがどれほど香ばしくとも、味覚を失った私には何の意味もない!」
「今回の拷問は、無駄だ!」
ミノは高らかに頭を上げ、この瞬間、人類最強の勇者の光輝が彼を包み込んだ。
魅惑的な香りが湯気と共に押し寄せてくる。
ミノはうつむいた。
フェムは湯気の立つ卵チャーハンの丼を手に、慎重にミノの前に差し出した。
ゾンビらしい外見とは裏腹に、フェムは首をかしげ、灰白色の幼い顔に生き生きとした優しい笑みを浮かべている。
かつて虚ろだった瞳が、今はキラキラと輝いているように見えた。
「ミノ、かわいそう。フェム、わかる」
「フェムも、味覚ない、だから頑張って、美味しい料理、作る」
「いつか、味わえる、おいしいもの」
「拷問じゃない、食べさせたいだけ、あなたに」
ミノは目の前の愛らしいゾンビメイドを見つめ、そして丼の中の透き通るような米粒を見下ろし、ゆっくりと目を閉じた。
喉がごくりと、かすかに鳴った。
「本当に食べていいのか?」
「うん!」フェムは力強くうなずいた。
フェムは軽く身をかがめ、丄からスプーン一杯のチャーハンをすくい、慎重に息を吹きかけ、ミノの口元に運んだ。
「ミノ、食べて」
フェムは軽く身をかがめ、丼から小さじ一杯のチャーハンをすくい、慎重に息を吹きかけ、ミノの口元に運んだ。
咀嚼し、飲み込む。
そして、彼は目を見開いた。
……
「王女殿下、もう一日何も召し上がっていらっしゃいません」
「このままでは体によくありません」
「王宮の台所にカボチャのお粥をお作りいただきましょうか?」
食卓の前で、純白のドレスに身を包んだカリアは静かに首を振った。
白いシルクの手袋をはめた両手が胸の前で組み、微かに光る大きなダイヤモンドのネックレスが揺れ、繊細な白い鎖骨を彩っている。
「ご心配なく、ただ少し食欲がないだけ……」
そう言いながらも、カリアの細った体はふらりと揺れ、風に吹かれそうな小さな白い花のようだった。
侍女長はため息をついた。さらに勧めようとしたその時、カリア王女は静かに語り始めた:
「どうしてもと言うなら、ライ麦パンを一つ、小さなもので結構ですから」
「ライ麦パン?」
侍女長は驚愕した。発酵も味付けも不十分で、最低級の材料で作られたパンを、どうして王女殿下が口にされようとするのか。
「ええ、ライ麦パンよ」カリアの声は言い表し難く優しく、何かを思い出しているようだった。
それは六、七年前、幼いカリアがまだ活発で、わがままな泣き虫だった頃のこと。
庭園で、カリアは国王と兄が議会を終えるのを待っていた。
「えいっ!」
庭園の反対側の壁から、突然、灰だらけで粗末な布の服を着た少年が飛び降りてきた。
「壁の向こう側は、勇者候補の訓練キャンプ?」カリアはまばたきし、兄が以前話してくれたことを思い出した。
ならばこの人も……勇者の候補なの?なぜこっそりと食べ物を食べているの?
カリアは好奇心に惹かれて近づいたが、若きミノが周囲を見回し、「しーっ」と仕草するのを見た。
「教官に見つからないでくれよ、内緒だよ!」ミノは手に半分しかないライ麦パンを見せ、少し惜しむ表情を浮かべたが、それでも小さな半分を千切って、カリアに差し出した:「ほら、半分あげる、こうすれば僕たちは仲間だ」
木漏れ日の中、少年の輝く笑顔は長年の記憶の中で美化され続けていた……
「知ってる?大きく千切ったライ麦パンと小さく千切ったのを一緒に食べると、食感がもっと良くなるんだ!」
一個の乾燥したライ麦パンが金糸の模様の皿に載せられ、カリアの前に運ばれた。
右手のシルク手袋を外し、小さな一片をちぎり、付き添いのクリームスープをつけずに、カリアはそれを静かに口に含んだ。
記憶の中と同じく、かさかさとした粗い食感。
カリアはその時に知った、王国の貧しい民衆たちが、どれほど味気ない食物を口にしているかを。そしてその時理解した:
自分の可愛らしくて繊細な服、美味しい食べ物やお菓子、広くて豪華な住居は全て対価があるのだと……
——全国民を守る、王族としての責任という代価。
そしてそれらを一度も享受したことのない少年、勇者候補は。
幾多の苦難を経て勇者となった後、彼女と同じ責任を背負うことになる。
「ミノお兄ちゃん……」
カリアは皿の上のライ麦パンを無駄にすることなく完食し、サファイアのような瞳に一筋の哀しみが走った。
「彼は魔王城の中で、きっとこんな粗末な食物さえ口にできていないのでしょう……」
……
丼の中の米粒が嵐のように減っていく。
最初は味気ないと思われた米粒が、噛めば噛むほど、かつてない香りを爆発させた。
ミノは全身の長年閉ざされていた味蕾が一気に開放され、飯魂が体内で燃え上がるのを感じた!
箸が聖剣のように素早く動く。
あっという間に、一杯の卵チャーハンが丼から消え、きれいな丄には光を反射するなめらかな油膜だけが残された。
むさぼるように食べ終えた勇者は丼から顔を上げ、口の端に米粒を一つつけたまま、満足した感嘆の声を漏らした:
「ああ!うまい!」