Capítulo 1: 王家断絶の夜、月牙が灯る
セレナは、果てしなく前方へと伸びる細い山道を、何マイルも何マイルも辿っていた。前の町で会った住人たちは、目的地が「魔法にかけられた森」の奥深くにあると告げ、道のりが長く危険だと念を押してきた。森の只中に、彼は住んでいる。彼女を待ちながら。
旅人にとって、シャドリアンからの呼び出しは、まさしく両刃の剣だった。セレナにとっては、領内でなお生き残っている最後のエルフに会える機会は、この上なく貴重だ。だが、彼の洞察の深さは、同時に不安の種にもなる。シャドリアンは、人の未来を示す力を持っていた。たとえそれが「何も映らない」という未来であっても、だ。
セレナは足を止め、都合のいい岩に腰をおろして一息つき、道の先を見渡した。濃い霧が、頭上高くそびえる森林を覆い隠している。梢の輪郭は霞み、道筋そのものが、迫り来る霧と影の中へ完全に溶けて消えていくように見えた。森の密度を見くびっていた、と彼女は認める。ここは足場が悪い。短剣、できれば剣がふさわしい地だ、と。
もちろん、そんな考えを老エルフが歓迎しないことくらい、セレナは黙って認めている。彼女は持ってきたパンの塊を一口ちぎり取り、わずかな意地悪さを宿した声でつぶやいた。「誰かの機嫌を損ねたら大変だものね。天罰でも下ったら困るし」
パンを噛みしめる彼女の耳に、音楽のような声が響いた。セレナは即座に身を翻し、周囲を見回す。だが、間違いなく自分ひとりだ。声は確かに歌のようだった。冷たく澄んだ小川が流れるみたいに、言葉――あるいはただの旋律――が、身体の中と心の奥をさらさらと通り抜けていく。そのせいで不安は和らいだが、同時に、その「性質」こそが、彼女の疑念をむしろ強めた。
「なるほど、誰かが私の考えをのぞき見してるわけね」セレナは口の端を皮肉に歪めてつぶやく。「そうよね、老エルフ殿？ それがあなたの“私的見解”ってやつ？」
問いかけに声の返事はない。けれど、視線で刺されているような独特の感覚が、肌の上をちりちりと走る。セレナはひとつため息をつくと、その感情を脇へ押しやり、鞄を手に取って、また道を進みはじめた。
ほどなくして、気配が動くのを感じた。大きな灰色の狼が彼女の後をつけている。森の境界線のすぐ内側を、ある一定の距離を保ちながら。セレナは獣から目を離さず、ゆっくりと太腿のホルスターに固定した刃へ手を伸ばす。狼は振り返り、彼女を見返した。灰と青の混じった氷のような双眸が、かすかに光を宿して前へとにじり出る。セレナは短剣の柄をつかみ、抜こうとした。だが、刃は鞘の中でびくともしない。即座に長剣の柄へ手を移す。だがそれもまた、鞘にきつく押し込められたままだ。
「くそったれ、干渉好きの老エルフめ！」狼が近づくのに合わせ、セレナは素早い手の印をいくつも描く。きらめくエネルギーの輪が彼女の身を取り巻いた。手首を鋭く払うと、手から前腕にかけて、水の螺旋が巻きつくように立ち上がる。狼が低く唸り声を漏らすのを聞き、セレナは薄く笑んだ。「まだやる気？ ずいぶん気性が荒いじゃない」
狼は完全に道へ姿を現し、彼女の周りを間合いを測るように慎重に回りはじめた。隙を探りながら。時間そのものが歪み、引き延ばされるように感じられる。そして、なんの合図もなく飛びかかってきた。セレナは身かわしざま、水の呪を放つ。奔流が獣をとらえ、横合いへとはじき飛ばした。狼は吠え、すぐさま四肢で地を掴んで起き上がる。二度目の襲撃をかいくぐったセレナに、狼は動きで応じる。刹那、灼けるような痛みとともに、牙が彼女の脚を噛み砕くように食い込んだ。しかしセレナが拳を叩き込むと、狼は口を離す。傷口から血がにじむのを見て、彼女は短く悪態をついた。狼はドレスの裾を顎でつかみ、再び跳びかかる。だが、セレナが即興で紡いだもう一つの呪に阻まれる。魔法が直撃した頭蓋のあたりを、獣は前足で掻きむしり、情けない声を漏らした。
狼の眼差しはさらに鋭くなり、唸りは深く低く響く。骨の髄へと突き刺さる冷気が、セレナの背筋を撫で上げた。恐怖の寒気ではない。明らかな「魔の気配」だ。彼女は一瞬だけ動揺しかけたが、すぐに意志を集中し、火の元素を呼び起こす。こいつは普通の獣じゃない。魔法を使える狼など、これまで出会ったことがない。
狼の唸りが一段と大きくなると同時に、セレナの関節を縛っていた不可視の硬直が、ゆっくりと解けはじめた。彼女は呼び集めた火の力を掌に凝らす。「私の復讐が果たされるまで、何者も私を止められない！」「魔法を使う狼だろうとね！」
セレナは練り上げた炎を狼へ向けて解放した。獣が身を捻って飛び込んでくるのを、彼女は強烈な回し蹴りで迎え撃つ。衝撃で狼は道の向こうへ吹き飛ぶ。その空中で、異形は変化をはじめた。脚は細長く伸び、尾は引っ込み、灰色の毛並みは消え去り、その頭からは長く、光を帯びた金髪が滝のように流れ落ちていく。地面に叩きつけられる頃には、姿はもう狼ではなく若い娘のものになっていた。だが、警戒しながら近づいたセレナは、相手がただの娘ではないとすぐに悟る。エルフだ。
「結構」セレナは辛辣に言い放つ。「望むところよ。シャドリアンの棲む森で、エルフに手を上げる羽目になるなんて、まさに私に必要な出来事だこと」
セレナは油断しない。だが、エルフの少女は身じろぎした。彼女が躍りかかると、少女の体は地面に押し伏せられる。エルフがもがき、次の瞬間には命が潰える――はずだった。だが少女の片手がセレナの腕をがっちり掴み、もう一方の手が彼女の喉元を強く押し返した。
「お前は誰？」セレナは迫る。少女は額へ手を上げようとしたが、焦点が合わず、目がさまよう。セレナはその腕をねじ伏せ、動きを封じた。「名乗りなさい！」
「……わ、私は……アリラ・ルナワイルド……」旋律のように美しい声だった。セレナはエルフの血筋を聞き分けたが、先ほど耳にした歌声のそれとは微妙に違う。その違いが、かえってセレナの手に力をこめさせる。
「嘘ね。人間めいた名を名乗ってるくせに、見た目も声もエルフそのもの。しかも変身までできる。正直に話しなさい」
下敷きにされた少女は必死に抗いながら、「待って……お願い、やめて……知りたいことは話すから……もう一度は襲わないで……」と訴える。
セレナは押さえを解かないまま、わずかに力を緩めた。「どうしてあなたを信じる必要があるの？」
「嘘はつかないと約束する。もし破ったら――運命の報いなんて気にせず、私を殺せばいいわ」
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