それからどれ程時間が経ったか、ようやく日が昇り二人は外で火を起こし暖を取る。
「ずっと寒かったもんね。さぁ。落とさないでね」
リリシーが酒場から持ってきたカサカサのサンドイッチ。それに、クロウの住処にあった生肉を焼いて挟み、朝食とする。
「美味しい !!
いい天気だね ! 今日は晴れそう。ここは酪農家さんなんだね〜」
「うん。羊が集まってるの可愛いね」
どこまでも続く牧草地。
後方に昨日経由した雪山があり、それをバックに、前方に広がる広大な緑の絨毯を見渡す。
遠くに山は見えるが、それはずっとずっと遠く青白い。
「ねぇリリシー。クロスボウの使い方教えて ? 」
「え ? あ、うん。いいけど」
指を包みで拭くと、リリシーは小屋のそばに積んであった巨大な麦藁の塊に炭で丸をつけた。
「まず、的を真っ直ぐ撃ち込もうか。正直、これはどこでも練習出来るけど……。えっと……。
とりあえず、やってみようか ! 」
リリシー自身、誰かに何かを教えるのは初めてだった。兄弟は年上で年齢差があるし、パーティでもいつもオリビアに守られ、分からないことはエリナが何でも教えてくれた。
クロスボウを広げると、矢を一本取り出す。
「まずこの弦をトリガーの上の、そう。そこに引いて引っ掛けて」
「ウギギ ! 結構、硬いね」
「その時はこの肩に当てるストックって所を軸にして、両手で弦を引いてもいいよ。
暴発防止に、矢は最後に入れて。
物によっては、矢を先に置くものもあるから……その辺は重量とか持ちたい矢の量で選んだりするんだけど……今は我慢だね。
でもノアはクロスボウより合う武器があると思うな。間に合に今は仕方がないけれど」
とりあえず的を狙い、リリシーの一発目。
ガシュッ !!
炭で塗った円より五センチ程のズレ。
壊れていたクロスボウにしてはまずまず。
それを真似て、ノアも続く
「よっ ! 」
バスッ !!
大きく逸れたが、麦藁の塊内には収まっている。
人生一回目にしては、いい方だろう。
廃棄品を直した物だ。それをこれだけ撃てればいいほうだろう。
「この武器は風にも左右されるし、矢が尽きれば終わり。ナイフの練習もしておかないとね……」
その後何度か撃ち込ませるが、いずれも的に当たらないが、暴投と言う程のハズレはない。
「うん。予想よりいい !
もしかしたら本当に向いてるかもね ! 」
「ホント !?」
リリシーは一度焚火の前に座ると、改めてノアに問う。
「ノアは将来の夢とかあるの ? 」
「え !? 急になんで !?
……うーん。そうだな。僕、新しい世界を見るのが好きなんだ。各地を回って馬車に詰められてた時も、常に外を眺めてた。教会に引き取られてから、酒場でお手伝いして、そこに来る冒険者さんのお話が毎日楽しみだったんだ」
「じゃあ、酒場とか。そういうお店がやりたいの ? 」
「いずれ出来たらいいなって。
でもこのスカーレット領でやる気は無いね。リリシーの話を聞いてからじゃ余計に。もっと平和な土地とかで。
その土地が見つかるまではリリシーに付いて行くよ ! 」
「じゃあ、早くちゃんとしたの買わないとね……」
「え、まだ初心者だし、そこまでは ! 」
「駄目よ。
どんな武器も同じで、ある程度性能のいい物を使わないと変な癖が後から……」
そこへ、牧場主と思われる親父がゼハゼハと息を切らせながら猛ダッシュしてきた。
「どうしました ? 」
「た、助け……くだせぇ。魔物……集団が家畜を…… !! 」
「すぐ行きます ! 」
「家族が……すぐ近くにいるんです ! 子供も ! 」
「ノア、おじさんに案内して貰って。
建物に侵入しそうになった奴だけ撃って良し。
闇雲に撃っては駄目。家畜から人間に標的が変わる可能性がある。人命優先。群れはわたしがやるわ」
「分かった ! 」
駆けつけると、魔蝙蝠と大牙狐が、行き場の無い牛や羊を取り囲んでいた。数は全部で二十はいる。更に地響き。
「牧草地の囲いはありましたか ? 」
「はい。痺れ毒を塗ったワイヤーを。でも突破されて。
地面に居るやつが厄介なんでぇ、気をつけてくだせぇ。さっき羊が食われたのも、なんかよく分からんのが地面かブフッ…… !!?」
リリシーは慌てて親父の口を抑え、声を漏らさぬ様、人差し指を立てて指示をする。
(でしたら、声か足音に反応する可能性が。
静かに中へ。ご家族にも小声で伝えてください。決して悲鳴などあげないように)
渾身の頷きをして、親父はそっと小屋の中へ姿を消す。
そのドアの前にノアがクロスボウに矢をセットし、侵入に備える。
「さてと……」
リリシーが背負って来た剣を左手に構える。
オリビアは槍使いで左利きだった。エリナは右利きだが左右関係なく圧倒的な筋力がある。
そしてリリシーには……。
小声で呪文を詠唱する。
リリシーの戦闘を見るのが初めてのノアは、一つの情報も漏らさないかのように目を見張る。