Capítulo 3: 違うお嬢様
Editor: Pactera-novel
映雪は侯爵家の嫡娘でありながら、いつも質素な暮らしをしていた。彼女の持ち物のうち、少しでも価値のある服や装飾品は、すべて雨柔に取られてしまう。それでも映雪は気に留めなかった。父の関心を得るには、雨柔に取り入るしかないと分かっていたからだ。
さらに、雨柔はことあるごとに彼女を陥れ、父に叩かせるよう仕向けていた。だから、この薬を手元に残しておいても、今後足りるかどうか分からなかった。
芷蘭の言葉は、映雪にいっそう自分の愚かさを思い知らせた。彼女は瓶をそのまま芷蘭に手渡し、静かな声で言った。「これを使って。もう薬のことで困ることはないわ」
「お嬢様……あなたは一体……」芷蘭は胸の奥が熱くなり、言葉を詰まらせた。今日の映雪の姿は、これまでの彼女とはまるで別人のようだった。
それでも芷蘭の胸の不安は消えなかった。もし雨柔が現れて映雪を言葉巧みに誘えば、またあの計略に巻き込まれてしまうのではないかと。
映雪は侍女の心配を感じ取ったが、詳しく説明するのは今は控えたほうがいいと思った。そして、代わりに一つだけ確かめた。「兄上の怪我はどう？医館から何か知らせはあったの？」
芷蘭は細い眉をわずかに寄せて答えた。「若様はご主人様と雨柔様を警戒しておられるので、屋敷の者たちは皆、口が堅いのです。でも昨日、書言（しょげん）様が軍医を見送る時の表情がとても険しかったのを見ました。……若様の怪我は、どうやら軽くないようです」
思い返せば、灏のこの怪我も、映雪とまったく無関係というわけではなかった。
まもなく灏の試合の日を迎えるはずだった。驍衛将軍の座は、彼以外にふさわしい者はいなかった。だが映雪は雨柔に騙され、彼女の用意したスープを灏に届けてしまったのだ。
雨柔はそれを「人参の補薬」だと言って渡したが、実際には毒が仕込まれていたのだった。
灏はもともと用心深い性格で、父や雨柔から送られたものには一切手をつけなかった。ただ――妹である映雪のことだけは、疑うことを知らなかったのだ。
しかし、彼女が届けたそのスープこそが、灏の命を奪いかけたのだった。
映雪は思い出すだけで胸が締めつけられた。灏は彼女と同じ母を持つ実の兄で、幼いころからいつも優しく守ってくれた人だった。なのに――どうして自分は、あの雨柔の言葉を信じて、兄を傷つけるような真似をしてしまったのだろう。
それほどまでして、決して手に入らないはずの父の愛や、偽りの姉妹の情を求めたというのか――？
馬鹿げていた！
「トントン！」
ノックの音がして、映雪は急いで表情を取り繕った。
芷蘭が扉を開けると、そこには言が立っていた。彼女がお嬢様が若様の怪我を案じていると伝えようとしたその瞬間、言は無言で一茎の草を投げつけ、冷ややかな声で言い放った。「若様からだ。あの愚か者の外傷治療に使え」
ここは映雪の部屋であり、他にいるのは芷蘭と映雪だけだった。芷蘭は眉をひそめ、すぐに声を荒らげた。「誰のことを愚か者だって言ってるの！」
「愚か者と呼ばれて当然のやつだ！」
「あなたこそ！」
芷蘭は怒りに頬を紅潮させたが、映雪と灏の関係をこじらせたくなくて、ぐっとこらえた。振り返ると、無理に笑顔を作って言った。「お嬢様、これをご覧ください！若様が言様を通じてお送りくださった傷薬です。きっと貴重な薬草に違いありません！」
映雪は止血草を手に取り、指先でそっと撫でながら、目に涙をにじませた。前世では、兄がこの止血草で傷を治さなかったせいで、試合の最中に蘇瑾軒（そ きんけん）に暗殺され、数本の肋骨を折られたうえ、驍衛将軍の地位までも失ってしまったのだ。
兄はいつも、自分に最も良いものを譲ってくれたのに――彼女はそのたびに兄を傷つけ、その深い愛情を踏みにじってきたのだった。
映雪は涙を指先でぬぐい、静かに目を閉じた。そして薬王谷へ入り、何株もの止血草を摘み取ると、さらに貴重な薬材を加えて二瓶の傷薬を調合した。――それを兄・灏のもとへ届けようと、心に固く決めた。
灏の部屋は祖父の居所のすぐそばにあり、門の上には金箔で「凌霄苑」と記された扁額が掲げられていた。それは、かつて皇帝陛下が直筆で下賜したものだ。若き将軍として威名を轟かせていた彼が――今は自分のせいで、この場所で傷を癒やす日々を送っている。
映雪は心の中で、幾千どころか幾万回も後悔を繰り返していた。
彼女が薬を手に門をくぐると、警護の小間使いたちは一斉に目を見開いた。まるで幽霊でも見たかのように驚き、中には慌てて棒を握りしめる者までいた。彼らは皆、映雪がまた灏を傷つけに来たのではないかと恐れていたのだ。
映雪は彼らの慌てた様子に一瞥もくれず、まっすぐに灏の寝室へと足を進めた。
言はすでに報せを受けており、鋭い眼差しで門前に立っていた。その手には、冷たい光を放つ抜き身の剣が握られていた。
映雪の姿を認めると、言の顔がたちまち険しくなり、露骨な嫌悪を込めて言い放った。「若様はお休み中だ。誰にもお会いにならん。――さっさと立ち去れ！」
映雪は静かに目を伏せた。言が兄に忠義を尽くしているからこそ、自分を憎むのは当然だと分かっていた。罪の意識を噛みしめながら、彼女は落ち着いた声で言った。「兄上にお会いしたいだけです。……お手数ですが、私に会うお気持ちがあるかどうか、伺っていただけませんか」
言は冷たく鼻を鳴らした。
言はもともと映雪のことが大嫌いだった。灏の妹でありながら、幼いころから愚かで、少しでも灏の目が離れると、すぐに雨柔の甘言に惑わされる。だが灏が成長し、学問に励み、武を磨き、戦場を駆けるようになるにつれ――彼にはもう、妹の面倒を見てやる余裕などなくなっていった。
灏がほんの数年、屋敷を離れていただけで――映雪は雨柔の手によって、すっかり操られる愚か者に成り下がってしまった。兄に寄り添うどころか、雨柔兄妹に手を貸し、表でも裏でも、何度も灏を傷つけてきたのだ。
言は、もし許されるなら映雪の頭を割って、中にどんな色の糊が詰まっているのか確かめてやりたいほどだった。
今になって映雪が「灏様に会いに来た」と言っても、言はまるで信じようとはしなかった。
書言は冷ややかに目をそらし、吐き捨てるように言った。「お前の好意なんぞ、若様には苦痛でしかない。――今度はどんな毒を盛るつもりだ？誰にもわかったもんじゃない！」
映雪は拳をぎゅっと握りしめ、低い声で言った。「兄上を傷つけるようなことはいたしません。もし少しでも彼に傷がつくようなことがあれば、どうぞお好きなように私を罰してください」
彼女の瞳に宿る決意は、見る者の心を震わせるほど強く、揺るぎなかった。
言は内心、強く動揺した。あの傲慢で我がままだった映雪が、今はまるで別人のように落ち着いている――。まさか、裏で何か企んでいるのではないか？
言が思案していると、室内からかすかな声が漏れた。「言、彼女を入れなさい」
「兄上……」
その温かく、深みのある声を耳にした瞬間、映雪の目には涙が滲んだ。
映雪は慌てて扉を押し開けた。部屋の中には薬草の匂いが立ちこめ、空気の奥にはかすかに血の匂いが混じっていた。
――灏はきっと、深手を負い、大量の血を流したに違いない！
映雪は息を詰めて駆け寄り、兄の寝台のそばにひざまずいた。灏は上体を起こすのも辛そうだったが、彼女の姿を見ると、かすかに唇を緩めて微笑んだ。「……妹よ、来てくれたのか」
「兄上……」映雪は涙に声を震わせながらそっと近づき、灏の手を握った。その温もりに触れた瞬間――自分の転生が夢ではなく、確かに現実なのだと、胸の奥で強く感じた。
彼女の視線は、兄の凛々しい眉へ、そして深く澄んだ瞳へと吸い寄せられた。その瞳には限りない愛情が宿り、まるで柔らかな光の糸が絡み合って、彼女をそっと包み込むようだった。
映雪はそっと薬膏を取り出し、瞳に深い謝意を込めて言った。「兄上……こんなにひどいお怪我なのに、止血草を私にくださるなんて……。これは、その止血草で私が作った膏薬です。どうかお使いください。きっと傷の治りが早くなります」
「だが……お前の傷はどうする？」灏は眉を寄せ、端正な顔に深い憂いをにじませた。「もし私がもう少し早く聞いていれば、父上にお前を叩かせることなどなかったはずだ。この止血草は外傷によく効く。――妹よ、お前が戻って自分の治療をしなさい。私はもう大丈夫だ」
灏は言い終えると、胸の痛みに顔を歪め、こみ上げる悲しみとともに激しく咳き込んだ。
「兄上、そんなにお怪我をしていて “大丈夫” なんて言わないでください。私は大したことありません。それに――ちゃんと薬も塗りました、見てください」映雪はそう言って袖をまくり上げた。彼女の白く細い腕にあった青あざは、すでに半分以上薄れている。止血草の効き目は見事なものだった。
灏は思わず彼女の腕を取り、そこに残る痕を見て、胸の奥から怒りがこみ上げた。「父上は――是非の区別もつかぬとは！なんと理不尽なことを！」
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