第12話:復讐の狼煙
[氷月刹那の視点]
家具が撤去された静まり返った部屋で、俺は雫の日記を読み終えていた。
『もしも願いが叶うなら、私は——彼に出会わなければよかった。』
最後の言葉が、胸に突き刺さったまま抜けない。
俺は日記帳を閉じ、震える手でキャビネットの引き出しを開けた。そこには、雫が署名した離婚届が入っている。
「形見......これが、お前が俺に残してくれた最後のものか......」
日記帳と離婚届を並べて置く。
雫の几帳面な字で書かれた署名が、俺を見つめているようだった。
俺はそれらを大切にキャビネットにしまい、鍵をかけた。
雫が一人で病の痛みに耐えながら死んでいった。その間、俺は綾辻玲奈と一緒にいた。
あの女と......
「綾辻......」
名前を口にしただけで、憎悪が込み上げてくる。
俺が雫を裏切っている間、あの女は何をしていた?
俺が雫の最期を看取れなかった間、あの女は何を考えていた?
洗面所に向かおうとした時、机の隅に置かれた小さな物体に気づいた。
雫のスマホだった。
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橘かえでは火葬場で氷月に言った。
「あんたが一番可愛がっていたあのクソ女が、どうやって雫を殺したのか、それを見なさい」
かえでの言葉の意味が、今になってようやく理解できた。
雫のスマホには、何かの証拠が残されているのだ。
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[氷月刹那の視点]
俺は雫のスマホを手に取った。
電源ボタンを押すと、画面が明るくなる。
パスコードは......雫の誕生日だった。
メッセージアプリを開く。
そこには、見知らぬ番号からの大量のメッセージが残されていた。
送信者の名前は表示されていないが、内容を見れば一目瞭然だった。
【あなたの旦那、昨夜も私と一緒だったわよ】
【病気だからって同情引こうとしても無駄。彼はもう私のものよ】
【早く離婚届にサインして、彼を解放してあげなさい】
そして——写真も送られていた。
俺と綾辻が一緒にいる写真。
ホテルの部屋での写真。
わいせつな写真まで。
「.....お前だったのか......」
俺の声が震えていた。
雫を精神的に追い詰めていたのは、綾辻玲奈だった。
俺が知らない間に、あの女は雫に直接メッセージを送り続けていたのだ。
病気で苦しんでいる雫に。