星蘭は清水聡美のような千金令嬢にこんな古傷があるなんて驚いた。
だが彼女はただ「あぁ」と返しただけで、空気を読んで余計な質問はしなかった。
「あなたたちをずっと探してたのよ!西院の塀の雪はもう人の半分ほどの高さになってるわ。早く掃除に行きなさい!」やって来た宮女は鬼のような形相で、箒を持ち上げて二人に投げつけてきた。
星蘭は怯えて体中を震わせた。
聡美は平然とした表情で、すでに二口かじった固いまんじゅうを片付け、箒を拾って大人しく西院へ向かった。
彼女が固いまんじゅうを片付ける動作は非常に慎重で、何か宝物でも隠すかのようだった。
こんなものでさえ、かつては家では犬も食べなかったのに。
そして今、彼女はもう家を失っていた。
星蘭は口答えする勇気もなく、箒を取って聡美の後を追った。
西院の塀は東宮で最も辺鄙な場所だった。周りはぼろぼろで、普段はほとんど人が来ない。宮女たちが深夜に二人に雪かきをさせるのは、明らかにいじめるためだった。
「あの塀の下は道が狭くて歩きにくいから、私が行くわ。あなたはこの中庭の雪を掃いてくれればいいわ」
これが聡美が星蘭に自ら話しかけた最初の言葉だった。星蘭は目を輝かせ、何度も頷いた!
「はいはいはい!お姉さん安心して、ここは任せて!」
聡美は彼女を横目で見たが、特に表情は変えなかった。しかし、さっと彼女に向けた眼差しには、一瞬の罪悪感が過ぎっていた。
星蘭を自分の隠れ蓑にするのは、彼女にとって止むを得ないことだった。
しかし宮中で生き延びるためには。
冷酷さが必要なのだ。
彼女はそれ以上留まらず、足早に西院の最も人目につかない塀へと向かった。
この高い塀の下には、小さな犬用の穴があった。
前回彼女がここに雪かきに追いやられた時に発見したものだ。
予定通りなら、外の人がもうすぐ来るはずだった。
東宮の警備は厳しく、穂乃花のような身分の者でない限り、他の宮女たちは自由に出入りする資格はなかった。ましてや聡美のような雑用をする身分の低い奴隷などなおさらだ。
外部の人に会うのは容易ではなく、今日は小林玄信の怒りを買うリスクを冒して、やっと岩崎様と対面できた。もし彼がかつての父の引き立てに恩義を感じているなら、今日の茶会で彼女がこっそり茶水でテーブルに書いた時刻と場所に来てくれるはずだった。
臘月の夜は凍えるように寒く、聡美はそこに立ち、雪をかきながら、膿んだ手に息を吹きかけ続けていた。
ついに、外から物音が聞こえた。
聡美の無表情だった目にようやく活気が戻り、周囲を見回して星蘭が気づいていないことを確認すると、急いで塀の側へと歩み寄った。
塀の向こう側から、確かに岩崎様の声が聞こえた。
しかし聡美の予想よりも冷たく、よそよそしかった。
「清水さん、宮中でのあなたの境遇には心を痛めていますが、清水帝師の罪は確定的なもので、誰も手出しができません。かつての引き立ての恩に報いるため、今夜だけはお会いしましたが、これが初めてで最後です」
「これを受け取ってください。清水さんが宮中で今後……出世されますように」
彼女が自分の意図を説明する暇もなく、彼は急いで関係を断ち切るように、持ってきた包みを犬穴に押し込み、慌てて去って行った。
聡美は彼を呼び戻さなかった。なぜなら、たとえ戻ってきたとしても、今の岩崎様はもう助けてくれないことを知っていたからだ。
皮肉なことに、押し込まれた包みの中には、数枚の細かい銀と古着しか入っていなかった。
包みがかさばるように見せるために、石と干し草まで詰め込まれていた。
彼女が今夜彼に会ったのは、父の冤罪を晴らすという無理な願いでもなく、自分を救い出してほしいということでもなかった。ただ彼に頼んで、東宮から一通の手紙を送ってほしかっただけだった。
自分が汚い乞食のように扱われたと知り、聡美は両手を握りしめ、屈辱的な細かい銀を取り上げて懐に入れた。
岩崎様を頼ったのは、彼が現在唯一の希望だったからだけでなく、敵と味方を見極めるためでもあった。岩崎様の出世と清水家の没落は、表面上は関係がなかったが、裏では誰にもわからない。今夜の岩崎様の関係断ちは、彼女のいくつかの推測を裏付けるものだった。
「おい、そこで何してるんだ!」
罵声が響き、一人の人影がすでに聡美に向かって歩いてきていた。それはさっき雪かきをさせた宮女で、夏目瑞希(なつめ みずき)と言い、普段は弥生の後ろについていた。
瑞希は一目で聡美の後ろの雪の下にある包みに気づき、目を輝かせた。
「いいとこ見たわね、あなたここで良いものを隠してたのね!」
星蘭は声を聞いて聡美のために弁解しようとしたが、瑞希に平手打ちをくらった!
「あんたに関係ないでしょ!」
瑞希は振り返って、上質な布地の包みを見つめ、目に貪欲な光を浮かべた。
「その包みは東宮のものには見えないわね。あなたたちが外部と接触したことを他の人に言われたくなければ、中の良いものを素直に出しなさい!」
聡美はうつむいたまま、相変わらず平日いじめられ慣れた卑屈な姿勢で、彼女はおとなしく両手を差し出した。手のひらにはさきほどのあの細かい銀がはっきりと載っていた。
瑞希はそれを奪い取った!
「ふん、わかってるじゃない!でもこれだけじゃ私たち姉妹の歯の隙間にも入らないわ。それとも……」彼女は得意げな顔をして、「それともあなたが膝をついて私の靴を舌できれいに舐めるなら、他の人には言わないわよ!」
聡美の目がわずかに動いたが、抵抗せず、本当に膝をついて身をかがめた。
星蘭はそれを見て息を飲み、心痛めて口を覆った。これがかつての清水家の嫡女なのに!彼女は何かしようと思ったが、瑞希を恐れて動けなかった!
「聡美お姉さん、そんなことしないで……聡美お姉さん……」
寂しい月明かりの下、瑞希は得意げに笑い、かつての高貴な令嬢が自分の靴を舐めるのを待っていた!雲が最後の月光を遮った瞬間、聡美の無表情な目の変化に全く気づいていなかった。
「何をぼんやりしてるの、早く、早く……うっ!」
瑞希の顔色が突然変わり、驚愕して自分の腹部を見下ろした!
そこには、氷の楔が刺さっていた!
鮮やかな赤が氷の楔に沿って流れ落ちていた!
「あなた……」
最後の罵りが喉に詰まったまま、瑞希は目を見開き、もう信じられないという表情で雪の上に倒れた!目を閉じることもできずに!
聡美はまだあの無表情な顔のままだった。
彼女は黙って跪いたまま瑞希の遺体と周囲の血痕を処理し始めた。まるで目の前の人を殺したのが自分ではないかのように。
隣にいた星蘭はすっかり呆然としていた。
聡美が声をかけなければ、まだ我に返っていなかっただろう!
「手を貸して」
星蘭は彼女を見つめ、怖くて前に進めなかった。
聡美は無表情で言った。「彼女は見るべきではないものを見た。だから死ななければならなかったの」
彼女はゆっくりと顔を上げ、星蘭の恐怖に満ちた目を見つめた。
星蘭はすぐに何かを悟った。
この言葉は、同様に彼女に向けられたものであり、彼女への警告でもあった。
星蘭はつばを飲み込んだ。「わかった……手伝うわ」
手伝うと言っても、実際死体処理の大部分は聡美が行った。
これは彼女にとって初めての人殺しで、予想よりも早かった。
心に何の動揺もなかったというのは嘘だ。たとえば先ほど氷の楔を手に取った時、彼女の手は実はずっとこっそり震えていた。
彼女はもちろん恐かった。
しかし清水家の人々が城門で処刑された日のことを思い出すと、彼女は小林玄信に強制的に刑場の向かいに連れて行かれ、自分の最愛の家族の首が転がる場面を目の当たりにした光景を思い出すと、そこまで恐くなくなった気がした。