清水初実のドレスを選び終えると、江花綾子と清水柔は佐々木に案内されて別室へ向かい、二人の上級スタイリストのもとへと移動していった。
別のスタッフが初実の前にやってきて、少し申し訳なさそうに言った。「お嬢様、一般のスタイリストもそれぞれ担当のお客様がいまして、順番が回ってくるのは早くても二時間半後になりそうです。いかがなさいますか?」
「大丈夫です、待ちますから」清水初実は気にも留めず肩をすくめて、そのままソファに腰かけ、テーブルにあった雑誌を何気なく手に取ってページをめくった。
雑誌の最初のページには、エリソンの特集インタビューが載っていた。
エリソンは滅多に公の場に姿を現さないが、一度有名人のスタイリングを担当した際、パパラッチに撮られてしまい、そのイケメンぶりは男性芸能人すら圧倒するほどで、ネットでの人気は一部のアイドル以上だった。
エリソンはあまり取材も受けず、これも数少ないインタビュー記事の一つだった。
その中で、記者が「今年25歳になりましたが、彼女を作る予定は?」と聞くと、エリソンは「もう好きな人がいる」とはっきり答えていた。
記者は驚いて「どんな女性がそんな幸運な人なんですか?」と尋ねると、エリソンは「その子に出会えたことが自分の幸運だ」と答えた。
「彼女は自分にとって、寒さや闇を追い払ってくれる炎であり、迷ったとき導いてくれる光、そして何万もの土の中から咲いた最も特別で目を引く薔薇だ」と。
「正確には“好き”なんて浅いものじゃなく、彼女への憧れや敬意、片思いに秘めた恋心だ」と。
この記事が掲載されたとき、多くの女性ファンの心が砕け散った。
清水初実は雑誌を閉じた。
やがて2時間ほど経った頃も、清水初実はまだソファに座っていたが、江花綾子と清水柔はすでにスタイリングを終えて出てきた。
江花綾子は堂々とした装いで現れ、清水柔はまさに裕福な家の令嬢そのものの雰囲気をまとっていた。
海藻のように豊かな黒髪のウェーブが丸みのある小さな肩にふわりとかかり、花の形のヘアバンドにはキラキラ輝くラインストーンが一列に並べられていた。
肌は白く透き通り、ふんわり広がる白いバブルドレスを身にまとい、頬のチークもピンクで愛らしく、まさにスイートで上品なお嬢様だった。
「あら、お姉さん、まだ順番が回ってこないの?もう2時間以上経ってるはずだけど?」清水柔はわざとらしく驚いた様子で声をかけた。
「そうなの」清水初実は微笑みを崩さず、柔にやさしく返した。「スタッフさんによると、まだしばらく待つみたい」
「それなら、ここでゆっくり待っていた方がいいわね。こういうことは焦っても仕方ないもの」
「パーティーまでまだ2時間あるし、私とママはこれからネイルもしに行くつもりなの。お姉さんは後でタクシーで会場に来てね、一人で大丈夫?」
「大丈夫よ」清水初実は笑顔のまま言った。「田舎にはタクシーはないけど、呼び方くらいはわかるから」
「田舎にはタクシーがないけど、タクシーの呼び方くらい知ってるわ」
清水柔は満足げに江花綾子と一緒に立ち去った。
この清水初実が一体いつ順番が来るのかしら。あんな野暮ったくてダサいドレスに、急いで仕上げた手抜きメイク。今夜のパーティーで嘲笑されないわけがない。
二人の背中が視界から消えるのを見届けると、初実はテーブルの上の意見用紙とペンを手に取り、さらさらと何かを書き付けてから、近くのスタッフを呼び止めた。
「お客様、何かご用でしょうか?」その女性は大学を出たばかりのようで、突然呼ばれて少し戸惑っていた。
「エリソンさんは今日スタジオにいらっしゃいますか?」清水初実は尋ねた。
「総監督は毎日スタジオに来ていて、たいてい深夜までオフィスにいらっしゃいますよ」女性が答えた。
「それじゃ、これを彼に渡してもらえませんか?」清水初実は手に持っていた折りたたんだメモを差し出した。
「あ、それはできません、お客様」女性は慌てて手を振った。「スタジオの規則で、総監督の許可なくオフィスに伺ってはいけないんです……」
「私は総監督の友人です。信じてください、これを渡せばきっと迷惑だなんて思いません」清水初実は静かに言った。
「それは…」
女性は躊躇いながら初実を見つめた——この少女はまだ未成年にしか見えない。どうやったら総監督と友達になれるのかしら。
もしかして総監督の熱狂的なファンで、連絡先でも渡そうとしているのでは…?
でもクリスタルに来るお客様はみんなお金持ちか、身分の高い人ばかり。この子も見た目は地味でも、実は総監督と何か縁があるのかもしれない。
「本当に、これを渡してもらうだけでいいんです」清水初実は付け加えた。「あなたのご親切、忘れません」
櫻間矢子(さくらま やこ)という名のこの女性は考えた末、思い切ってメモを受け取った。「では、ここで少しお待ちください」
総監督に迷惑をかけたところで、最悪店長に叱られるだけ。でも裕福なお嬢様に恩を売っておけば、思いがけないご褒美があるかもしれない。
櫻間矢子はメモを手にスタジオの奥へと向かい、事務所のドアをノックする時には手が震えていた。中からは冷たい声が響いた。「入れ」
「総、総監督、こんにちは」矢子は入室後、深呼吸して緊張しながら口を開いた。
エリソンは顔を上げ、無表情で冷たく言った。「何の用だ」
「あの、外にいらっしゃるお客様が総監督のお友達だとおっしゃって、このメモをお渡しするようにと……」櫻間矢子はそう言いながら、メモを机の上に置いた。
実は念のため、櫻間矢子は先ほどメモの内容をこっそり見ていた。そこには連絡先でもなく悪ふざけでもなく、ただ一行の英語の詩が書かれていた。
【In me the tiger sniffs the rose.】
櫻間矢子は大学で文学を専攻していたので、これがイギリスの詩人シーグフリード・サスーンの代表作『In me, past, present, future meet』の中の有名な一節で、日本語に訳すと「心に猛虎あり、薔薇の香りを嗅ぐ」という意味だと知っていた。
彼女は、総監督が本当に外の少女を知っているのかもしれないとは思っていたが、総監督がメモに目を通すと、突然眉をひそめて驚愕の表情を浮かべ、席から飛び上がったのには驚いた。
「このメモを渡したのは誰だ?今どこにいる?」エリソンは深呼吸して冷静を装おうとしたが、紙を握る手は明らかに震えていた。
「あ、あの、外のお客様です。今、服飾エリアの外の待合室にいらっしゃいます」櫻間矢子は総監督の反応に驚き、言葉につまりながら答えた。
「彼女をここに連れてきてくれ、いや、俺が行く」エリソンは言葉を終える前に既に机を離れ、櫻間矢子を一人呆然と残して出て行った。
[待合室]
清水初実はソファに座り、壁の時計を見つめながら時間がチクタクと過ぎていくのを見ていた。
次の瞬間、彼女の背後から少し震える声が聞こえた。「姉さん、あなたは…」
振り返ると、清水初実は痩せた体格に端正で冷たい容姿の男性と目が合った。
目の前の少女が自分が思っていた人物ではないと気づき、杉田執(すぎた しゅう)の目に浮かんだ興奮はすぐに収まった。
「……君は誰だ?どうしてこの詩を僕に渡させた?」杉田執は深呼吸しながら清水初実を見つめた。
「エリソンお兄さん、こんにちは。私は清水初実だ」清水初実は穏やかに微笑んだ。「白石由紀子(しらいし ゆきこ)さんに、あなたを訪ねるように頼まれた」