タロが講堂に足を踏み入れると、四本の長大なテーブルが目に飛び込んできた。その上には、四大学院の紋章が染め抜かれた旗が、宙に浮かんでいる。
それぞれ、王冠、剣と盾、書物、そして無限の希望を象徴する∞の記号。
頭上には、無数の蝋燭ではなく、星々のように講堂全体を照らし出す、無数のきらめくルーン文字が漂っていた。
上級生とすでに組分けを終えた新入生は、それぞれの寮のテーブルに着席している。
ジャニッサ教授に導かれ、タロは舞台へと上がり、四角いスツールの前に立った。スツールの上には、先のとがった妖術師の帽子が置かれている。やはり、どう見ても『魔法使いの少年』に出てくる組分け帽子だ。
衆人環視の中、タロはスツールに腰掛け、組分け帽子を被った。
頭に乗せたとたん、帽子に大きな裂け目が現れた。まるで、巨大な口のようだ。
それはタロの頭上で左右に揺れ、二本の小さな皺が、思案するように寄せられる。
30秒が過ぎた。組分け帽子はまだ決定を下さない。
こんなに時間がかかるものなのか?前の連中は、もっと早かった気がするが。
タロは、脳裏の灰色の霧や神秘の門に、特に変わった動きは感じなかった。どうやら、帽子は精神系の魔法で各々の所属を決めるわけではないらしい。
まさか、転生者だから、とか……
タロがとりとめもない考えを巡らせるのを遮るように、組分け帽子が、不意にその嗄れた声で言った
「汝、ブロンズの残光!凡骨の黎明!時代は汝によりて存り、また汝によりて堕つ!」
講堂は、瞬く間に水を打ったように静まり返った。タロの後ろに控える教授陣も、呆然として彼を見つめている。
「予言だ!組分け帽子が、予言をしやがった!」前列に座っていた上級生の一人が、何かとんでもない珍事に出くわしたかのように、興奮した様子でタロに向かって叫んだ。
「何か、問題でも?」タロは首を捻り、ジャニッサ教授に尋ねた。てっきり、誰もがまずこの一節を賜ってから、寮を振り分けられるものだと思っていた。
「いえ、問題ありません。稀なことではありますが、2年前にも、あなたと同じように組分け帽子から予言を授かった生徒がいました」ジャニッサ教授はそう説明したが、タロに向ける眼差しは、明らかに先程までとは異なっていた。
「その予言は、あくまで予測の性質を持つものであり、指定や確立、あるいは宣告の類ではありません。これらの知識は、いずれ私の授業で学ぶことになります」ジャニッサ教授は続けた。
「予言は必ずしも正確とは限りませんが、この子が非凡な可能性を秘めていることの証明にはなりますわね」そう口を挟んだのは、しなやかな身体つきの若い女性だった。
その指先で自身の薄茶色の長い髪をすくと、教授たちの中央に立つ、灰色のローブを纏い、顔立ちの窺えない人影に視線を向けた。
「校長先生は、どうお考えですの?」
彼女が問いかけた相手こそ、この魔法学校の校長その人であった。その名を知る者はなく、彼のすべては謎に包まれ、世の人々の憶測と幻想を掻き立てている。
人々が知るのはただ一つ。彼が先の白銀時代に、この学校を創設したということだけだ。
「予言は未来を映すが、かくも虚ろなもの。子よ、過度に心に留める必要はない。汝は、汝自身のままでいればよい」灰色のローブの下から、慈愛に満ちた老人の声が響き、タロを諭した。
「はい」タロは、何か思うところがあるように頷いた。どう聞いても、この予言はひどく中二病じみている。
さらに30秒ほどの沈黙が流れた後、組分け帽子は、タロが王寮に入ることを高らかに宣言した。
「うおおおおおぉぉぉっ!!」
王寮の生徒たちが、一斉に両手を突き上げ、拍手と歓声でタロの到着を歓迎する。
彼の悪名は以前から轟いていたが、天人ともに許さざるような所業を働いたという話は聞かない。高貴なる純血貴族として、歓迎されるのは当然のことだった。
ましてや、彼は組分け帽子の予言を引き出したのだ。聞くだけで、なんだかすごそうだ。
同じ寮の生徒たちの、鳴り止まぬ歓声の中、タロは舞台を降り、王冠の旗が掲げられた長テーブルへと向かった。末席で、グレースが彼に手招きしているのが見えた。
「君の組分けには、どれくらい時間がかかった?」席に着くと、タロは隣のグレースに尋ねた。
「被った途端に決まりましたわ。それにしても、タリスさんすごいのね。一つ上の先輩方の話では、ご自分たちの代では組分け帽子が予言するなんて、誰も知らなかったそうですもの」グレースは感嘆の声を上げた。
「その、さらに一つ上の代は知っていたんだろう。ジャニッサ教授が言っていた。2年前にも、予言を授かった先輩がいたと」
二人が二言三言交わしたところで、まだ組分けされていなかった、最後の生徒の名前が呼ばれた。
「アーロン・エイデン!」
その名を合図に、先程よりもさらに大きな喧騒が巻き起こった。
「アーロン・エイデン!校長先生と協力して邪神を封印したっていう、あの救世主か!」
「間違いなく、我ら勇寮に来る!救世主の名に相応しいのは、勇寮だけだ!」
「愚寮をいじめることしか能のない脳筋どもが!貴様らに、そんな口を利けるほどの栄誉があるというのか!」
「本を読むことしか知らん朴念仁どもめ!この3年、貴様らは真夏の月桂冠の葉っぱ一枚たりとも触れておらんではないか!どの口が我らを嘲笑う!」
騒ぎは、次第に奇妙な方向へと発展していく。
アーロンは、その喧騒の中を緊張した面持ちで舞台へと登った。
一目見ただけで誰もが称賛の声を漏らすであろう、タロの秀麗さとは対照的だ。
金色の髪を除けば、その容貌も体格も、およそ凡庸と言ってよかった。だが、注意深く見れば、なぜか無性に親近感を覚える。全身から、人の好さそうな、いわゆる「やさしい」雰囲気が滲み出ていた。
彼が、主人公か。元々面識のあったルークとは違い、もし今回の組分けがなければ、タロがこれほど早く彼を特定することは難しかっただろう。
アーロンは組分け帽子を被った後も、しきりに「勇寮」と呟き続けていた。
今回、組分け帽子が判断を下すまでの時間は、タロの時よりも、さらに長かった。人々も次第に静まり返り、答えが明かされるのを、固唾をのんで見守っている。
「迷うことなかれ!ためらうことなかれ!汝は、定められし救世の者!汝は、生誕の折の偉業に沿い、再び、命に与えられし栄光を現出させるだろう!」
組分け帽子の予言の後、喧騒は、再び頂点に達した。
「同学年に、二度も予言が出ただと!」
「『再び』って、どういうことだ?まさか、また邪神が出てくるんじゃ……」
「お前の予言の授業は飾りか?それに、たとえ出てきたとしても、予言ではアーロンが再び奴を打ち破ると言っているだろう」
「救世主は、一体どの寮へ?それにしても、今回の組分け帽子は、やけに時間がかかっているな」
やはり、勇寮か。答えが出ても、タロに驚きはなかった。そうでなければ、このゲームのシナリオは、もはや成り立たない。
アーロンは、これまでで最も大きな歓迎の声に包まれながら、勇寮の生徒たちがいる長テーブルへと向かった。
ルークが椅子の上に立ち、アーロンの名を叫びながら、彼に手を振っている。どうやら、元々知り合いだったようだ。
二人が隣り合って座ると、ルークはアーロンの肩をがっしと抱き、笑った。「俺には分かってたぜ!一緒に勇寮に来る運命だったんだ!」
アーロンも、念願が叶ったと、嬉しそうに答えている。
「あそこの、顔中『傲慢』って書いてある奴が見えるか?あいつが、これからの俺たちの敵だ」。こちらを見ていたタロを指さし、ルークがアーロンに言った。
「え?そうなの?僕は、すごく礼儀正しい人だと思ったけど」アーロンは、タロが講堂に入る前に挨拶してくれたことを覚えていた。特に悪い印象はなかったが、ルークは、彼をひどく嫌っているようだ。
「騙されるな!じきに、学校中の誰もが、あいつの性根の悪さを知ることになる!」ルークはアーロンの疑問など意にも介さず、彼を自分と同じ陣営に引き込もうと、固く決意していた。