第6話:公開処刑
[刹那の視点]
フリーマーケットで得た僅かな収入を握りしめながら、私は夜の街を歩いていた。
みじめな気持ちを紛らわしたい。そんな思いで足を向けたのは、以前から気になっていたバーだった。
アートな内装で有名な店。冬弥は「まともな人間が行く場所じゃない」と言っていたが、今の私にはお似合いかもしれない。
重いドアを押し開けると、薄暗い店内に抽象画が飾られ、ジャズが静かに流れていた。カウンターに座り、ウイスキーを注文する。
「お一人ですか?」
バーテンダーが優しく声をかけてくれた。
「はい」
「今夜は特別なイベントがあるんです。お楽しみください」
イベント?
その時、店の奥のステージに明かりが灯った。
「皆さん、お待たせしました!今夜の特別ゲストをご紹介します」
司会者の声が響く。
「恋愛エッセイストとして活躍中の、美夜さんです!」
私の手が震えた。
ステージに現れたのは、見慣れた顔。
美夜だった。
「皆さん、こんばんは」
美夜が客席を見回す。その視線が私を捉えた瞬間、彼女の唇が薄く笑った。
「今夜は、運命の恋についてお話しします」
美夜の声が店内に響く。
「私には、とても大切な人がいます」
客席がざわめく。
「そしてここで、運命の人と出会ったんです」
美夜の視線が、客席の一角に向けられた。
そこに座っていたのは、冬弥だった。
怜士も一緒にいる。
私の心臓が激しく鼓動した。これは偶然じゃない。仕組まれた公開処刑だ。
「彼は既婚者でした。でも、愛に嘘はつけません」
観客から「おお」という声が上がる。
「奥さんは、とても理解のある方で」
美夜が私を見つめながら続ける。
「私たちの愛を応援してくださっているんです」
嘘だ。
でも、観客は美夜の言葉に感動している。
「素敵ね!」
「本当の愛ね!」
拍手が起こる。
私は妻として、夫とその愛人の愛の成就を見届ける証人にされていた。
「さあ、彼に出てきてもらいましょう!」
観客が冬弥の名前を呼び始める。怜士が父の背中を押している。
冬弥は照れながらも、ステージに上がった。
「紹介します。私の運命の人、冬弥さんです」
美夜が冬弥の手を取る。
観客が歓声を上げる。
「キス!キス!」
観客がはやし立てる中、私はグラスのウイスキーを一気に飲み干した。
もう十分だ。
私は静かに席を立った。
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ステージ上の冬弥は、客席を見回していた。そして、出口に向かう刹那の後ろ姿を見つける。
さらに、刹那を追うように動く不審な男の影にも気づいた。
帽子を深くかぶった男が、刹那の後を追っている。
冬弥の表情が変わった。
「すみません」
冬弥は何も言わずにステージを降り、バーを飛び出した。
「冬弥!」
美夜が怒りに震えながら後を追う。計画が台無しになった。
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[刹那の視点]
バーの外に出ると、冷たい夜風が頬を撫でた。
足音が後ろから聞こえる。振り返ると、帽子を深くかぶった男が立っていた。
「あの……」
男が近づいてくる。
その時、記憶が蘇った。電車で私に痴漢行為をした男だ。
「助けて!」
私は叫んだ。
「刹那!」
冬弥の声が響く。振り返ると、冬弥が走ってくるのが見えた。
でも、その直後に美夜も現れた。
「きゃあ!」
美夜がわざと転んで、足首を押さえる。
「痛い!足首が!」
「美夜!」
冬弥が慌てて美夜に駆け寄る。
「大丈夫か?」
「冬弥、お母さんより美夜さんを助けて!」
怜士が叫んだ。
冬弥の顔に苦悩が浮かぶ。刹那と美夜、どちらを選ぶべきか。
痴漢の男が私に近づいてくる。
「冬弥!」
私が助けを求めて叫ぶ。
冬弥は苦悩の末、ついに方向を変え、美夜を抱きかかえた。そして私に向かって叫んだ。
「怖がらないで!警察を呼ぶから!」
怜士は怒りに満ちた声で叫んだ。
「あんなクソババアなんて、ほっときゃいいのに!」
三人は夜の闇の中へと消えていった。
私は痴漢と共に、その場に取り残された。
夫と息子に完全に見捨てられて。