睨み合う四騎のジュエルナイト。しかし、騎操師たちの視線は一筋の火線が通ってきた方向を見ていた。
そこに現れたのはフォーフェーズ皇国姫皇ローゼの小城である飛空艇『イカルガ』だった。さらにその甲板には、銃身が通常よりも倍近く長い狙撃銃を構えた紫のジュエルナイトが片膝をついて狙いを定めていた。
「姉さん!」
サーニャの呼び声に嬉々として答える人物がいた。
『はあーい、サーニャちゃん。射程範囲におびき寄せてくれてありがと』
サーニャの操縦席の全天周囲モニターに小窓が出力され、そこに姉であるルーナがウィンクする姿が映し出される。
もちろん六花の方にも映し出されているため、妙な悲鳴が尻尾の生えた白い鬼人から聞こえた。
黒と青のジュエルナイトはイカルガとルーナの駆る紫のジュエルナイトの登場により、撤退を余儀なくされた。去り際に青いジュエルナイトが何やら喚いているようだったが、聞くに耐えないため無視してやったのは言うまでもない。
こうして夜更けの戦いが終わった。
あとはイカルガに帰還するだけだ。
そう思った時、緊急事態が起きた。考えてみれば起きて当然の出来事だったが、自然と頭から離れていた。
何の前触れもなく、白いジュエルナイトが素体状態に戻り、重力に従って自由落下し始める。魔導通信で呼び掛けるも全く反応がない。完全に気絶してしまっているようだ。
サーニャは赤いジュエルナイトを飛翔させ、地面に激突すれすれの所で受け止めることができた。
「全く、世話の掛かる奴だ……」
サーニャは安堵の息を漏らし機体をゆっくりイカルガへ帰還させるのだった。
☆☆☆☆☆☆
暗い視界の中で鋭い光が差し込む。まるで水中からゆっくりと浮上するように意識が段々とはっきりしていく。
目を覚ました六花は自然と光の方へ視線を向ける。光の正体は窓から差し込む朝日だった。まるで宝石のように輝くそれを見て、六花は一瞬天国だと錯覚してしまったが無理もない。
重度の波動酔い。
発病して数十分で命を奪う風土病に感染。
それらに伴う極度の疲労。
そして、風土病の特効薬に皇族でも選ばれた者しか所持を許されない『万能の秘薬』の一気飲み。
限界を迎えるには十分過ぎる理由ばかりだ。
そこに十分な睡眠時間が加わってくれたおかげで朝までぐっすり眠ることができた。
六花は布団に埋まった手を天井に向けて伸ばす。
「生きてる……俺、生きてるんだ……良かった……ホントに、良かった……」
視界が揺らぐ。
目元が熱くなる。
六花は何かが零れ落ちる前にそれを拭った。そしてまた腕を布団の中に埋めた。とても肌触りのいいシーツに身体が沈み込んでしまうほどのふかふかなベッド。辺りは誰かの部屋のようで風景画や高級感溢れる装飾が成された机や椅子、棚などが置かれている。暗殺しようとしたのが一国の皇女なら当然と言えば当然だ。
そこでタイミングよく部屋の扉が開かれる。
「お! 目が覚めたようじゃな!」
入ってきたのはローゼとサーニャだった。六花は反射的に上体を起こす。
ローゼの頭には青いジュエルナイトに襲撃された際の負傷により包帯が巻かれていた。
六花は少女の痛々しい姿を目の当たりにして申し訳なさそうにする。直接的な怪我の原因を作ったのは六花ではないが、間接的に関わっていることもあり、目を合わせるのが辛い。
そんな六花を察してか、はたまた面白がってか、ローゼはわざとらしく頭を押さえて痛がる素振りを見せる。
それを隣で見ていたサーニャは呆れて溜め息をつく。
「ローゼ様、おふざけが過ぎますよ」
「にっしっしっしっ! 我の命を狙ったのだ。これぐらいは許せ」
サーニャはやれやれと言った面持ちで六花を見る。
「お前、冬木六花だったか。黙ってないで何か言うことはないのか? 即死刑のお前を救ってくれた恩人なのだぞ」
「え、あ、はい! あの……ありがとうございます。助けてくれて。あと、その……襲って、ごめんなさい……」
「謝って済む問題ではないことは分かっているんだろうな?」
「はい。元の世界に帰りたかったとは言え、従うべきではありませんでした。ホントにごめんなさい」
六花はベッドから起き上がると深々と頭を下げる。正直、こんなことで許されるとは思っていない。自分がそれほどのことをしてしまったのは自覚している。だからせめて、ローゼにはちゃんと謝りたかった。
ローゼは不敵な笑みを浮かべながら口を開ける。
「お主、さては異世界人じゃな?」
「え? はい。別の世界から来た人間って言う意味ならそうですけど」
「……」
「……」
六花があまりにもあっさり答えてしまったせいで場の空気が静まり返る。
「六花と言ったか。六花、こう言う時はもう少し素性を隠して相手の腹を探る心理戦を繰り広げるものじゃぞ。お主がそのように素直に答えたら話が展開できんじゃろう」
ローゼは思わず頭を抱えてしまった。
「流石に命を助けてくれて、その、死刑も延期? にしてくれているので隠す気はありませんよ」
六花は苦笑しながら言う。
ローゼはやりたかった心理戦を諦めることにした。我のワクワクを返せ、と思いつつも本題に入るため真剣な面持ちになる。
「六花。我はお主の力を偉く気に入った。それだけではない。今の会話でお主の素直な性格も気に入ったぞ」
サーニャは嫌な予感がした。
ローゼはこの客人用の寝室に入る前に一緒にいたルーナには、席を外してもらうよう伝えていた。親衛隊長であるサーニャは護衛として寝室に入ったが、よくよく考えてみるとサーニャが知っていてルーナが知らないことがある。それは六花が異世界人であるということだ。
事情を知る者だけが集められた場。
サーニャが顔色を悪くしながら頭を抱えた。
反対にローゼは満面の笑みを浮かべて六花を見やる。
「六花、お主、我の従者になれ!」
ローゼの言葉を聞いて最初に反応したのは彼女の背後にいるサーニャだった。
「やっぱり……」
サーニャはその場に崩れ落ちていた。まさに、もうどうにでもなれ、と言った雰囲気を醸し出している。
六花は一瞬言葉の意味が理解出来ず小首を傾げたが、数秒して目を丸くする。
「いいんですか? 俺は、その……殺そうとしたのに……」
「ええい! 我が許してやると言っておるのじゃ! それにお主、行く当てはあるのか? いわゆる、交換条件というやつじゃ。お主は我のために働け。そして、我は元の世界に帰る方法が見つけるまでお主を従者として雇ってやる。どうじゃ? 衣食住はもちろん職も得られるのじゃ。悪くない話じゃろう?」
六花は生唾を呑み込んだ。
ローゼの圧もそうだが、なぜだが瞳の奥に硬貨の山が見えた気がした。こう言う目をしている人には近づくな、と五人もいる六花の姉の一人に言われたことがある。それでもどうしてだか温かいものを感じた。
ローゼとサーニャの性格や人柄は仮面の集団から事前に知らされていた。しかし、彼女達からはそれ以上の優しさや愛情のようなものを感じる。一緒にいれば心地良い日々を送れると分かってしまう。
だから、
「もう一度問うぞ」
ローゼが真剣な面持ちで再度問う。
「六花。お主、我の従者にならぬか?」
六花は真っ直ぐローゼを見てから笑顔を浮かべる。
「はい。よろしくお願いします!」
この瞬間、異世界『ファンタジア』に新たな風が吹き抜ける。今は小さなつむじ風でも時がくれば世界を、歴史を動かす旋風へと変貌する。
これはその始まりの一歩に過ぎない。
ここから彼等彼女等の物語が始まる。
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