「なりません、アリアンナお嬢様! 護衛もつれず旅に出るなど、御身になにかあれば当主様になんと申し開きをすれば……!」
「ただの新婚旅行だ。父上が帰ってくればそんなものも出来んだろう。好きにさせろ」
「しかし……」
「くどい」
屋敷の武具を置いてある部屋。
着々と旅の準備をするアリアを、マウロが必死に止めている。
俺はといえば、クソデカいバッグを抱えて事の成り行きを見守るだけしかできなかった。
そりゃ、いいとこのお嬢さんがぽっと出の男と命の保証もない旅に出ると言い出したら誰だって止めるだろう。
俺だってマウロさんの味方をしたい気持ちもあるが、自分の運命とやらを探すこともしたい。
その旅にアリア自身がついてきてくれるというのだから、その気持ちを無下にはできない。
よって、俺の頭の中の天秤は少しだけアリアの方に傾いているのだった。
「失礼を承知で申し上げますが、タクミ様がお嬢様を守れるという保証はあるのですか!」
「保障か。……ふむ」
ついには声を荒げたマウロに、相変わらず無表情にアリアは顎に手を添える。
そして、俺の方を見て、センスを突き付けて言った。
「タクミよ。力を見せよ」
「えぇ……?」
急に言われて、俺は荷物を置きながら困惑する。
「ど、どうやって?」
「あの姿になれ」
「それがわかんねーんだよ!」
「使えぬな。こんなときくらい造作もなくやってみせろ」
無茶ぶりすぎる。これまで俺が変身したのは、窮地に陥ったとき。つまり命の危険に晒されたときだけだ。
そんな強い感情をすぐに出せるほど、俺は器用じゃない。
すると、アリアは何か思いついたように扇子を音を立てて閉じる。
「【輝士】の姿の変貌は確か【晶開】というらしいな。あとは恐らく魔法の発動と同じだろう」
「魔法使えないんですけど!?」
「肝要なのは祈りとその表象だ。どういった姿になりたいか、そしてそれを具現化する切り替えを強く願う。やってみよ」
「い、イメージが大事ってことか……?」
俺の――主人公のイメージ。どう在りたいか、どんな姿になりたいか、そして、どうしたいか。
確かに、それは俺の中にある。あのとき、アリアの力をもらって変身したときの姿に、スーパーヒーローのようになれるイメージはあった。
俺はアリアを信じてみることにする。でなければ俺の物語は始まらない気がした。
そして――。
「うーん……【晶開】ッ!」
――俺は胸の結晶を拳で叩いて、願った。
変われ、と。
瞬間、黄と赤の結晶の幻影が俺を包む。
そして、それが胸の結晶に収束したとき、俺は魔獣を倒したときの姿へと変身していた。
「よし」
アリアが口端を吊り上げる。
マウロは俺の姿を見て、絶句していた。
「これで文句は――」
と、アリアが言いかけたそのとき、マウロの姿がブレる。
物凄い速度で動いたのだ。
だが、俺はその動きを目で追っていて、無意識に構えを取る。
マウロは無駄のない動きで近くにあった剣を引き抜くと、俺に飛び掛かってきた。
「御免ッ!」
凄いな。人間の動きじゃない。たぶん魔法で体を強化しているのかもしれない。そう思うくらいの余裕はあった。
俺は真っ直ぐに肩口を狙ってくる剣に向かって、左腕を振り払う。
手甲と刃が触れ合ったのはほんの一瞬。
だが、凄まじい金属音がして、閃光が奔った。
俺はマウロの振るった剣が、ヒビが入り、砕けるさまをゆっくりと見た。
そして、マウロの顔が驚愕の表情に変わり、しかし、すぐに眉間に皺を寄せるところを。
――次が来る。
そう感じ取った俺は、入れ違いになったマウロを首を捻って追った。
バネのように体を捻じって、絨毯を靴で削りながら、反撃の突きが来る。
今度は顔だ。素肌を晒しているところを狙ったんだろう。
俺は時間が鈍化する不思議な感覚の中で、その切っ先に手をかざした。
折れた剣身と、手が接触すると、衝撃波が周囲に広がる。
それでも俺はただかざしただけの手で、マウロの剣を止めているのだった。
「ぐぅっ……!」
「やめよう。マウロさん」
震えるマウロの両腕と比べ、俺は圧倒的な膂力を感じる。
マウロさんの動きは常人のそれを大きく上回るものだった。
だが、俺はその動きを、その力を片腕だけで圧倒してしまった。
命を狙われたというのに、俺の鼓動は静かなままだ。
やがて、マウロは剣を下ろして、深く息を吐く。
「仕方ありませぬな……」
マウロは歯を食いしばり、悔しさが滲んでいた。
俺はなんだか申し訳なくなるけれど、アリアの味方をしたい。
その一心で、彼の剣を受け止めた。
「どうだ。我が夫は」
アリアが満足そうに問うと、マウロは目を閉じて沈痛そうに答える。
「よいでしょう……。しかし、まだ足りない。タクミ様にはさらなる高みを目指してもらわなければなりませぬ。どんなことがあっても、アリアンナお嬢様を守れるという意志を持って」
「……約束します。アリアを守れる力を、もっと手に入れます」
「その言葉、その意志、ご自身の心に刻んで頂いた。そう受け取らせて頂きます」
「はい」
マウロの言葉は重かった。
この男の真っ直ぐな目を見て、その忠誠心を無下にしてはいけないと、俺は思う。
「私も刻んだぞ。タクミよ」
ふふん、と鼻を鳴らしてアリアが笑った。
当事者がこんな感じなのはいささか引っかかるが、仕方がない。
そうして、新婚旅行というの名の旅に出ることが決まった。
腕利きの冒険者などではなく、公爵家のお嬢様を連れて。
それでも……一人だけではないということだけでも、寂しく感じない。
重責と好奇心が入り混じった奇妙な感情に心を躍らせながら、俺は【晶開】を解いて元の姿に戻るのだった。
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