住居に戻ると、小林彰人は門の後ろから漂白剤を混ぜた消毒液のボトルを取り出し、玄関と廊下に丁寧に噴霧した。それらをすべて終えてから、彼は部屋に入り、防犯ドアを閉め、鉄の鎖をかけた。
小林彰人はまず携帯を取り出し、地図を開いて村上瑠璃の位置を探した。
終末の第一原則:夜を警戒せよ。
終末の第二原則:無謀な行動は避けよ。
小林は準備なしに戦いを挑まない。江崎市は今や完全に陥落しており、残された人々は避難所に引きこもる生存者か、街中で略奪を繰り返す暴徒、そして山のように押し寄せるゾンビだけだった。
そして夜になるとさらに恐ろしくなる。人々はいまだに、その闇の中に一体どれほどの怪異が存在するのか知らないからだ。
ラジオの各周波数で生存者たちが語るところによると、それらは形容できず、描写不能で、怪異に遭遇した後に生き残れる人はほとんどいない。
「7.2キロか、近くはないな……」
もし終末前なら、この距離はタクシーでもたった10数分だったが、今は交通麻痺し、道路や橋は損傷している。小林はバイクで行っても30分はかかるだろうと見積もった。
しかもあちらの状況も分からない。終末の世界でこうして人を救いに行くなんて、実の母親以外に、それだけの価値のある人はいないだろう。
小林は目を揺らめかせ、心の中でため息をついた。
村上先生、あなたが私にこのリスクを冒させる価値があることを願うよ。
18時45分、夜が徐々に訪れる。
小林は窓の鉄格子を閉め、夕食の準備を始めた。
今日は物資を探しに行かなかった。江崎市から逃げた人々と生存者たちはすでにスーパーやコンビニを何度も漁っており、トマトソース一袋さえ見つけるのが難しい状況だった。
幸い彼が探し集めるのは、食べ物や飲み物だけでなく、他の生存者が気にも留めないさまざまな機械類も獲物の一つだった。
午前2時42分
わずかな物音が浅い眠りについていた小林を目覚めさせた。彼は起き上がって様子をうかがい、暗闇の中でドアを凝視した。
音は廊下の外から聞こえるようだった。
彼は護身用の短刀を手に取り、物音一つ立てずにドアの後ろへと移動した。
このドアは何度か鋼板で補強されており、一般の防犯ドアよりもはるかに頑丈だったが、あの「モノ」たちに対しては小林も完全な自信は持てなかった。高層階に住んでいる彼の唯一の避難経路は廊下の階段だけだった。
小林はのぞき穴に近づいて外を探った。廊下は真っ暗で、非常灯のかすかな緑の光だけが壁や床の輪郭を浮かび上がらせていた。
しばらく観察しても何も見えなかったので、寝るために戻ろうとした。
しかし彼が二歩歩いたところで、背後の鉄のドアから突然、奇妙なノックの音が!
コン〜コン!
間隔の長い二回のノックに小林は背筋が凍りついた!
本当に人がいるのか?それとも「アレ」が自分の隠れ家を見つけたのか?
彼は顔を引き締めてドアの後ろに戻り、しばらく躊躇してから手の短刀を握り締め、息を詰めてもう一度のぞき穴から外を探った。
ヒッ!
のぞき穴に映る光景に小林は思わず息を呑んだ!
あの薄暗い緑の光の下の廊下に、黒い死装束を着た老人がいつの間にか自分のドアの前に動かずに立っていた。顔はやつれて青白く、その両目は腐敗の境界にある……死のように静かな灰黒色で、人に恐怖の感覚を与えていた。
最も恐ろしいことに、死体のような老人の両目がまるでのぞき穴を通して彼を見ているようだった!
小林はすぐに驚きよろめき、反射的に二歩後退し、顔には衝撃が広がった。
これは階下の伊藤御爺さんじゃないか?
でも彼はもう死んでいるはずなのに……
小林は険しい表情で半歩後退した。考えるまでもなく、外にいる「伊藤御爺さん」に似たそのモノは、もはや人ではないに違いない。
ゾンビなのか?
しかしゾンビがどうしてドアをノックするのか?
小林の表情は暗くなった。もし夜の怪異なら、今夜は厄介なことになるだろう。
「伊藤御爺さん、棺桶でおとなしく安らかに眠っていればいいものを、なぜ戻ってくるんだよ……」小林は心の中でぼやいた。
時間は少しずつ過ぎ、小林はもはや眠気は全くなく、短刀を握りしめたまま壁に背を預けてドアの後ろに立っていた。
そのノックの音は二度と聞こえなかった。
しかしさらに奇妙なことに、小林が今もたれかかっている壁の外から、何かが爪で壁をひっかく微かな音が聞こえ始めた。音は大きくなかったが、頭皮がゾクゾクするような感覚を引き起こした。まるで何かが彼と壁一枚隔てた場所で、絶えず引っかいているかのように……
「くそっ!」彼は急に一歩後退し、目の前の壁を見た。「まさかこいつ、中に入ってこようとしてるのか!」
小林は少し当惑した。
外のそのモノは、彼の存在を感じ取ったようで、彼とは壁一枚隔てただけだった。
小林の今できる最善の選択は、息を殺して物音を立てないことだった。この部屋のドアが破られない限り、彼は当面安全だろう。
しかし同時に、彼は逃げる準備もしていた。大部分の物資はすでに無限號に順次運び込んであり、部屋には数日分の食料と水、それに発電機とバッテリーだけが残っていた。
時間は一分一秒と過ぎ、あの奇妙な引っかき音は心の魔域のように小林の耳元で鳴り続けた。
さらにしばらくして、音はついに消えた。小林はホッと息をつき、立ち上がってもう一度のぞき穴を覗いた。
しかし今度は、目の前の光景に彼の全身の毛が逆立った。
外の廊下に、いつの間にか一人の少女が現れ、血まみれの体で床に倒れていた。彼女は必死に起き上がろうとし、手をドアの方向に伸ばし、弱々しく叫んでいた。
「助けて……助けて……」
小林は目を凝らした。少女は15、6歳ほどの年齢に見え、その服装は終末のこの世界の背景と全く調和していなかった。超ショートパンツにローウエストのチューブトップ、外側には明るい色の野球ジャンパーを着て、首には無線イヤホンをつけていた。若々しくてファッショナブルに見える。もし彼女が血に汚れた顔でなければ、小林はこれが終末の世界でなく、隣の家の妹が深夜に訪ねてきたのかと思うほどだった。
少女の助けを求める声に、ドアの後ろの小林は一言も発しなかった。
さっきまで死体がドアの前に不気味に立っていたのに、今突然小さな少女に変わっているなんて、誰だって異常に感じるだろう。
夜のこれらのモノたちは奇妙で捉えがたい。それに彼とこの少女は何の縁もない。今ドアを開けたら自分を危険にさらすだけではないか?
時間は徐々に朝の5時になった。日の出まであと少なくとも9時間ある。
のぞき穴から見ると、小林はその少女が今や青白い顔で倒れて気を失っているのを発見した。
「くそ、まさか妖怪か?ドアを開けさせる罠か?」小林は頭を抱えた。この状況はゾンビよりもはるかに奇妙だった。
小林は好奇心を抑えられず、もう一度覗いた。
今度は、「伊藤御爺さん」の姿が突然少女の傍に立っているのを発見した。頭を下げ、何かを嗅ぎつけているようだった。
その後、「伊藤御爺さん」はぎこちなく足を動かし、少女の前に立ち、ゆっくりと腰を曲げた。
瞬間、小林の瞳孔が縮んだ。なぜなら、彼は今、伊藤御爺さんの死体の背中に、黒いムカデのような長い足を持つ奇妙な虫が張り付いているのを見たからだ。大きさは彼の背中全体をほぼ覆うほどだった!
これは一体何だ!
小林は息を呑んだ。
その奇妙な虫の足がゆっくりと動き、伊藤御爺さんの両手を持ち上げさせ、少女に向かって猛然と襲いかかろうとしていた。