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1.79% 翡翠の令嬢は、名門の寵妻になる / Chapter 7: ボスの出番

Capítulo 7: ボスの出番

Editor: Pactera-novel

長谷川彰人(ながだがわ しょうにん)は、実はずっと前からそこにいた。外に停めた黒い高級車の中で、長谷川グループの資料に目を通していたのだ。

先ほど詩織が店に入っていくのも見えていた。彼はその姿を見たとき、ほんの少しだけ――羨ましいと感じた。あんなにも生き生きとした若者。自分にはとうの昔に失われた光。

本来なら中へ入るつもりなどなかった。

だが書類の合間、ふと顔を上げた瞬間――店内での出来事が視界に飛び込んできた。

一瞬だけ考えた末に、進一はファイルを閉じ、ドアを開けた。

「……やれやれ。」

自分でも理由は分からない。

ただ――あの明るい子が、誰かに侮られるのを黙って見ていられなかった。

外から見れば、一目で分かる構図だ。「高慢な客」と「見下された少女」。

この手の光景、特に宝石店では日常茶飯事だ。

彰人は静かにカウンターに近づくと、販売員に軽く頷き、

詩織と紅葉の方へ視線を向けた。「お二人とも、何かお探しでしょうか?」彰人にとって、こういう出だしは対立を和らげるのに効果的だと思われた。

冷静で落ち着いた声。

だが詩織にとっての第一印象は――「愛想ゼロの接客業不向き男」。

「いいえ、何も」詩織は軽く首を振った。

「あるわよ!」紅葉は目を輝かせ、彰人を見つめるなり身を乗り出した。

「あなた、電話番号は?今夜、空いてる?ロマンチックなデートでもどう?」

……早速、魅了されたようだ。

詩織は額を押さえた。

思い出した――この時代、まさに「クール系男子ブーム」の真っ只中。

無表情でスーツの似合う男なんて、女の子にとってはまさに「現実の王子様」なのだ。

ましてや目の前のこの男、冷酷というよりも「冷徹界の最上級」。

紅葉が食いつかない方がおかしい。

……とはいえ、詩織もつい目で追ってしまう。

確かに、それだけの価値はある。整った顔立ち、滲む知性、滅多に笑わない唇。黒いスーツに白いシャツが似合いすぎて、まるで高級雑誌のモデルのようだった。

――ただし、少し若すぎる。

社長?どう見ても金のスプーンをくわえて生まれたお坊ちゃん。

詩織(24歳の中身)視点で言うなら、「世間知らずの御曹司」。

けれど17歳の外見で言うなら、ただ一言――「イケメンすぎて、死ぬ」。

「申し訳ありませんが、勤務中は個人的な関係のお話はご遠慮いただいております」

まるで教科書を朗読するような口調。紅葉のアピールを完全スルー。

 「へぇ、そう?じゃ、仕事が終わったら話そうか」

紅葉の鉄面皮っぷりには誰も敵わない。恋のためなら羞恥など存在しないらしい。

彰人はため息をつき、「リサ、店は任せた」と短く言い残した。

「私は上で書類を片付けてくる」――逃げた。いや、正確には最善の戦略的撤退。

彰人は賢明だ。そうでなければ、若くして長谷川グループの大部分の子会社を掌握することはできなかっただろう。この程度のことが分からなければ、彼は今日の地位にいる資格はなかっただろう。

「はい、社長」販売員は笑いをこらえながら深々とお辞儀した。

詩織はそのやり取りを見て苦笑するしかなかった。

紅葉、ほんとうに……最強だ。

言葉にできない。たぶん、こういうのを「無力感」って言うんだろう。

だが、頭の片隅では冷静だった。紅葉がいる限り、この店でじっくり玉を見て回るなんて無理な話だ。今日は一旦帰って、また改めて来よう。

それに、自分に異能があるのはもう確定だ。

問題は、それが何なのか。玉に触れると白い光の粒が浮かぶ。けれど、それを見えているのは自分だけ――。

最後にもう一度紅葉の方をちらりと見て、詩織は気づかれぬように後ずさる。

今が退きどき。逃げるなら今しかない。

幸いにも紅葉の注意は完全に彰人に釘づけだ。

詩織が出口に向かって歩いても、気づく気配すらない。

唯一、その動きを目で追っていたのは彰人だけだった。

――せっかく助けてやろうと思ったのに。少女が何も言わずに立ち去る姿を見て、彼の胸にはわずかな不快が残った。

だが、それも自分の早とちりだ。

紅葉をようやくまいた彰人は、オフィスに戻るとドアを閉めて鍵をかけた。

「……積極的な女は珍しくないが、あんなに幼稚なのは初めてだな」苦笑が漏れる。

仕草も、表情も、全部が「誘惑」というより「悪ふざけ」にしか見えなかった。

彰人は額に手を当て、小さく息を吐いた。

どうにも今日はおかしい。

普段なら微動だにしない心が、やけに落ち着かない。

十八歳から長谷川グループの仕事に関わり、もう二年。

幼い頃から叩き込まれた教え――「感情は顔に出すな」「余計なことに首を突っ込むな」。

それが彰人の基本姿勢だった。

だというのに、今日。

見知らぬ少女ひとりのために、思わず動いてしまった。

「……らしくない」

首を振って思考を断ち切る。理解できないことは考えない。

今夜はパーティーがある。まずは書類を片付けなければ。

けれど、彼の胸の奥ではすでに答えが出ていた。

――羨ましかったのだ。

唯一の後継者として、常に重圧と責任を背負ってきた彼には、

詩織のあの眩しい生命力が、あまりにもまぶしく見えた。

人は、自分にないものを持つ者に惹かれる。

 ただそれだけのこと。理由なんて、いらない。

彰人は窓際のデスクに腰を下ろし、ふと外を眺めた。

そのとき、偶然――通りのバス停で、詩織の姿を見つけた。

どうやら彼女の「試練の日」はまだ続くらしい。

紅葉から逃げ切ったと思った矢先、今度は別の「敵」が待っていた。

「夏目詩織、ちょうど良かった!探す手間が省けたわ。宿題、できてるでしょうね?」

……頭が痛い。ほんとに痛い。

目の前で腕を組むその姿に、詩織は思わず天を仰いだ。

よりによって今日、なんでこの二人なのよ。

紅葉に続いて近藤天海(こんどう あまうみ)。きっと神様はわたしの人生をコメディにしたいんだわ。

近藤天海――高校時代、彼女は詩織の後ろの席だった。

紅葉と同じく、ある意味「支配者」。

ただし、やり方は少し違う。彼女は暴言を吐くタイプではなく、いつも笑顔で「お願い」してきた。「宿題、やっといてね?」――その『お願い』が、毎回命令にしか聞こえなかったけど。

ほとんどの課題は詩織が書いた。それなのに、なぜか成績はいつも彼女の方が上。

頭を抱えながらも、詩織の心にはわずかな懐かしさがよぎった。

大学受験が終わってから、一度も会っていない。

噂では有名大学に進学して、その後は海外留学までしたらしい。

「宿題?破ったわよ!」

それは、今の彼女だからこそ言える、まっすぐな一言だった。


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