「おい、チップス。ちょっと来い」
Sランク冒険者、シーンボルトは冒険者ギルドのカウンターにいる受付男を呼んだ。
身長190センチほど、逞しい体を持つシーンボルトは、三十代半ば。ほどよく日に焼けた肌、鋭い双眸の持ち主であり、暗黒島の冒険者最強の大剣使いと言われている。
そして実力社会である冒険者村において、長でもあった。
「何でしょうか、シーンボルトさん」
受付男――チップスがやってくる。デンとソファーに腰掛けているシーンボルトは傍らに抱いていたGランク冒険者の女の背中を撫でると、飲み物を持って来いと命じた。女が離れ、シーンボルトはチップスを見上げた。
「さっき、見ない奴が来ていたな。女連れの」
「ああ、はい。来てましたね。……それがどうかしましたか?」
「このタイミングで船は来ていない。あいつら、いつこの島にきた?」
シーンボルトが問うと、受付男は緊張した。やってくる新人に関係することを聞いてくるのは、とても珍しいことだったからだ。
「そういえば……そうですね、いつでしょうか」
「お前、昨日、海竜の死骸が流れ着いたのは知っているな?」
「当然でさぁ。ここは冒険者ギルドですからね。この暗黒島に生息する大魔獣の一体がくたばったってのは大事件ですよ!」
モンスターを解体した素材は高値で売れるし、性能のいい武具の材料にもなる。定期的にやってくる密輸船や貨物船で表の世界に放出し、運営資金にできるとギルド職員は張り切っているのだ。
「で、問題なのは、あの札付きの海の化け物を誰が倒したってことだ」
シーンボルトが言えば、チップスも首をかしげる。
「確かに。岩礁に頭をぶつけて死んだなんて、お粗末な死に方じゃありませんですからね。……まさかさっきの二人組が?」
「そいつらの名前は確認したか?」
「いいえ。ここじゃ、まずモンスターを狩って実力を示した者から名前をおぼえられる……そういうシステムですから」
この暗黒島のモンスターは手強い。島の外では中堅レベルの冒険者も、最初の戦闘で死亡することは珍しくない。
だから暗黒島のギルドは、冒険者であることは確認するが、名前を含めて細かなことは、島で戦闘を経験し生き残った者でなければ聞かない。せっかく記録を作成しても、さっさと死んでは仕事と時間の無駄だから。
「記録は残らなくても、名前くらいは聞いておくべきだったな」
「すいません……」
「いや、いい。お前はここのルールを守ってる。別に責めてはいねえさ」
シーンボルトは足を組み替え、足元に這いつくばっているGランク冒険者の背中の上に足を置いた。
「定期便が海竜に沈められただろう? その船にどこぞの国の聖騎士が乗っていたらしい」
「聖騎士!」
チップスが声をあげれば、周りで飲んでいた冒険者たちが振り向いた。
神の加護を受け、戦場では無敵の活躍をする騎士。一騎当千の強者。その存在は冒険者たちにとっても憧憬を抱かせる。一度は夢にみて、しかし現実には聖騎士にはなれなくて冒険者になる者も少なくなかった。
「昨日流れ着いた奴が言っていた話だ。本当かどうか知らんが、船は海竜に襲われて沈没した。だがその海竜はくたばった。船には元聖騎士がいた。……偶然とは思えないだろう?」
海竜を仕留めた聖騎士――冒険者たちがざわめく。
この暗黒島の周辺の海に生息し、『倒せない化け物』の一体として君臨してきた海竜。それが死体になったこと自体驚きだが、本当に倒してしまった人物が、つい先ほどこのギルドに来ていたかもしれないという。
「ど、どんな奴だ!?」
「銀髪の姉ちゃんをつれた奴じゃないか?」
「そういえば、さっきいたなぁ。何か陰気な野郎だと思ったが――」
冒険者たちが口々に言う。チップスは、シーンボルトの話の最中に周りがうるさくなったことで気が気でなくなる。このギルドで唯一のSランク冒険者を不機嫌にさせてはいけないという不文律があるのだ。
「聖騎士がきたって本当か!」
「しかも海竜をぶっ倒したって!?」
「でも何で聖騎士がここに!?」
このギルドフロアが、一人の人間のことでここまで騒然とすることはほぼない。
「チップス」
「へっ、へい!」
受付男は背筋を伸ばした。シーンボルトは低い声で言った。
「まだこの村にいるだろう。人を出して見張らせろ」
「わかりました。……連れてきさせますか?」
シーンボルトさんに挨拶を、と思っていったチップスだが、シーンボルトは、おかわりの酒に口をつけた。
「いや。この村を拠点にするなら、またギルドに来るだろう。その時でいい」
そこでSランク冒険者はニヤリとした。
「もしそいつが元聖騎士だったなら……じっくり話を聞きてぇみたいなぁ。この島にやってきた理由ってやつを」
・ ・ ・
「モンスターが多いと聞いていたが」
トールは、自分の股の下で息絶えている巨大トカゲから剣を引き抜いた。突き刺した後、絶命するまでグリグリとえぐったので、返り血がひどかった。
「肉を狩るのは難しくなさそうだ。こうまで襲われるとね」
「その剣の切れ味はどうだ?」
ブランが風になびく銀髪をなでつけながら言った。トールは巨大トカゲの死骸から飛び降りた。
「悪くない」
今手にしている剣は、ブランが魔法で作ったものだ。元からトールが持ち込んだ剣は海竜ヴォーテクスの鱗に弾かれ折れてしまった。
「それで、このまま海岸線を行くのか?」
「いや……そろそろ西に向かおう」
トールは岩山の切れ目を見やり、冒険者村のギルドで見た地図を思い起こす。村を出てしばらく南西方向へ。海岸近くを道なりに進んだ後、岩山が切れたところで西へと進路を変える、という予定だ。
この島に来る前、ライヴァネン王国が築いた砦の位置と照らし合わせて、現在位置を確認。そして進むのであった。