正面の断崖を迂回して小高い丘の上に登る。その先にはライヴァネン王国の暗黒島拠点があった。
「……なるほど」
ブランはやれやれという顔になった。
「これはまた、何とも弄りがいがありそうだ」
ここに砦を作った正規軍は、遥か以前に撤退したとトールは聞いていた。それ自体はライヴァネン王国だけでなく、他の国々も黄金郷を求めてやってきて、いずれもこの島から手を引いた。
凶悪なるモンスターが多数生息する魔の島だから。平原を歩いていたら複数の死竜に襲われるような場所というだけでお察しである。
放棄された砦は朽ちているのは容易に想像できた。モンスターの攻撃を受けたのか、ほぼ破壊されていた。
崩れた城壁。散らばった石材や木材。砦に住んでいただろう兵たちの居住区も、家はことごとく潰れていた。
「これはまた、素晴らしいな……」
「皮肉をどうも」
トールは表情を歪めた。だが実際にここに住むとなると、手を加える必要があった。
「何もしなくても雨と風くらいは凌げるだろうな」
「雪が降るような寒さだったら、凍えるだろうよ」
ブランの皮肉は止まらない。
「屋根がある部分もあるが、ほとんど野宿だよ、これでは」
「文句ならいくらでも出るが、とりあえず口より手を動かそう」
黄金郷を目指す拠点として、ここを利用するのだ。
「砦を復活させるのは無理でも、せめて野宿状態から脱却するくらいはできるだろう」
使えそうな建材を集めて、寝泊まりできるくらいの部屋を作る。砦としては不完全とはいえ、外壁の一部や廃屋の壁などは、一応の防御設備となる。罠などを設置できれば、野営よりはいくらかは安全が確保できる。
「それくらいなら、お安い御用だ」
ブランは自信たっぷりだった。
「元通りとまでは言わないが、拠点として使えるくらいには修繕できるだろう」
「心得があるのか?」
「私は黄金郷の『魔女』の異名を持つ魔術師だぞ。魔力さえあれば、大抵のことはできるのさ」
それは頼もしいとトールは思った。振り返れば、軍にいた魔術師も特に大地属性の者たちは地面に堀を作ったり、即席の防壁を築くなど野戦防御設備をこしらえるのを何度か目にしてきた。
「……とはいえ、お前にも手伝ってもらうぞ、トール」
ブランは歩き出す。トールも続いた。
「それは構わないが、具体的に何をすればいいんだ?」
「魔力を分けてくれ。あと、壁や床の素材になりそうなものは作れたりするか?」
彼女の説明によれば、トールは元聖騎士ということもあって、魔力保有量がそこらの魔術師よりも数倍高いという。
これにはトールも自覚はあった。神の加護の力を使う時には、一級魔術師の使う魔法よりも強力な一方、魔力の消費が多いことがしばしばある。
聖騎士は魔法戦士の一面があり、それが高いレベルでまとまっていなければ、そもそも聖騎士になれないのである。加護が奪われた後も、その魔力の使い方で、海竜の脳を一撃で葬る威力の魔法を放てたりする。
「魔力については、まあ使ってくれ。ただ素材の方はあまり経験がないから……教えてくれ」
彼女は本職の魔術師だ。魔法のついての知識や応用力はトールなど足下にも及ばないだろう。
「学ぶ意欲があるのは結構だ。フフ、お前は可愛いな、トール」
大人の余裕を見せつけるブラン。外見からは、トールの方が年上に見えるのだが、魔女を名乗るブランのこと。実年齢については考えないことにする。
「さあ、トール。ここを私たちの城とするわけだが……」
ブランは両手を広げた。
「千里の道も一歩から、という。いきなり全てを変換できるほど、私の力も取り戻していない」
まだ十二体の大魔獣のうちの一体しか倒していない。果たして十二体全てを倒して、黄金郷の道が開けた時、ブランはどれほどの力を取り戻すことになるのか。考えるとあまりいい予感がしないトールである。
だが今は彼女の力も必要だ。命を救われた借りもある。トールもまた黄金郷の魔法の杖を手に入れるという目的がある。利害が一致している間は協力は惜しまない。
「――だから、まずは私の家から作り、そこから大きくしていこう。トール、どこがいい? 私たちの共同住居は?」
「共同住居……?」
「おや、私とお前で違う家に住むというのか? つれないな」
流し目を送ってくるブラン。
「私という美貌の女と同じ屋根の下は、嫌か?」
「部屋を別々にしてくれるなら、構わないよ」
トールは元聖騎士。騎士の端くれである以上、軽々しく異性と同じ部屋で寝るということはしないのだ。
手頃な場所を探しつつ、廃墟内を彷徨う。断崖の天辺に作られた砦だった跡地がバルコニーのように開けていて、広いパノラマを提供する。
「あぁ……これは」
絶景だった。トールが立っている位置から西半分は広大な海が広がっていて、水平線が見える。振り返って北側を臨めば、無数の山々がそびえている。薄らかかった雲に、一瞬ドラゴンの姿が見えたような気がしたが、見間違いか。北から東へと視線を動かせば、ゴツゴツした岩の丘陵地帯、その奥に都市のようなものが微かに見えるがあれも廃墟だろうか?
東から南へは、広大な平原。例の死竜たちに追いかけられたのも、その一部であろう。そして南には海岸線がひたすら伸びていた。なるほどこの王国軍の拠点は海に近く、そこから大陸からの補給がしやすい場所になっていたわけだ。
今いる場所が絶壁の上の砦なので、その下は見えないのだが、もしかしたら桟橋などがあって港の跡が残っているかもしれない。
だが今はそれよりも目立つものがあって。
「あれは……ブラン」
「ああ、十二体の大魔獣の一体だな」
銀髪をなびかせて、ブランは妖艶に微笑んだ。海岸線近くを歩く人型。右腕が異様に肥大化しバランスの悪そうな巨人――
「ハンマーアーム。……まあ巨大ゴーレムだな」
「ゴーレム……」
あれもまた、黄金郷を目指す上で倒さなくてはならない化け物か。