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36.84% 許した夫に、奈落へ落とされた / Chapter 7: 第7話:最後の晩餐

Capítulo 7: 第7話:最後の晩餐

第7話:最後の晩餐

[氷月詩の視点]

レストランの暖かい照明が、三人のテーブルを照らしていた。

私の誕生日ディナーのはずなのに、蓮の視線は刹那にしか向いていない。

「刹那、ソースが付いてるよ」

蓮が自分のナプキンで、刹那の口元を拭った。

恋人同士のような仕草。

妊娠中の妻の目の前で。

胃が重くなる。つわりとは違う、別の種類の吐き気だった。

「ありがと、蓮くん」

刹那が甘えるような声で礼を言う。

私は静かに席を立った。

「どこ行くの?」

蓮が振り返る。

「お手洗い」

「体調悪いのか?」

心配そうな声だけれど、視線はすぐに刹那に戻った。

「刹那が食べ終わったら、すぐに戻るから」

私への返事ではなく、刹那への約束。

妊娠中の妻の体調よりも、刹那の食事の方が大切。

「わかった」

私は微笑んで答えた。

もう、何も期待していない。

----

レストランの厨房では、シェフが慌てふためいていた。

「火災報知器が誤作動してる!」

「お客様を避難させなければ!」

警報音が店内に響き渡り、客たちがざわめき始めた。

「火事よ!」

「急いで!」

パニックが広がる中、蓮は迷わず刹那を抱きかかえた。

「大丈夫、俺がいる」

刹那を守るように抱きしめ、出口に向かって走る。

一度も振り返ることなく。

妊娠中の妻がどこにいるかも確認せずに。

----

[氷月詩の視点]

警報音が鳴り響いた瞬間、私は蓮を探した。

煙はない。でも、人々が慌てて出口に向かっている。

「蓮!」

声を上げて呼んだ。

でも、返事はない。

人混みの中で、蓮の姿を見つけた時、心臓が止まりそうになった。

蓮が刹那を抱きかかえて、必死に走っている。

私の存在など、完全に忘れて。

緊急事態の時、人は本能的に一番大切な人を守る。

蓮にとって、それは刹那だった。

私じゃない。

お腹の赤ちゃんでもない。

刹那だけ。

十分後、警報が止まった。

「誤報でした!申し訳ございません!」

店員の声が響く。

蓮と刹那が店に戻ってきた。

「詩!大丈夫だったか?」

蓮が慌てて私に駆け寄る。

でも、遅い。

もう、全て遅い。

「言っただろ。お前のことは、一生守るって」

蓮が刹那に囁いた言葉が、私の耳に届いた。

一生守る。

その誓いを、私は一度も聞いたことがない。

山登りの時もそうだった。

崖から落ちそうになった時、蓮が手を伸ばしたのは刹那だった。

私が転んでも、蓮は刹那の手当てを優先した。

ずっと、そうだった。

ようやく、詩は悟った――これまでの何年もの間、蓮は一度だって、自分を愛したことなどなかったのだ。彼の心の中で、何よりも大切なのは、いつだって初恋のような存在、刹那だけだった。

「詩、すまない。お前のことを忘れて……」

蓮が謝罪の言葉を口にする。

「刹那は芸能人だから、絶対に怪我させるわけにいかなかった」

見え透いた言い訳。

いつもの、刹那を優先する理由。

私は静かに微笑んだ。

「わかってる」

蓮の表情が困惑に変わった。

いつもなら、私は怒っていた。

泣いていた。

でも、今日は違う。

「怒ってないよ」

本当に、怒っていない。

もう、何も感じない。

「詩……?」

蓮が不安そうに私を見つめる。

その時、刹那が咳き込んだ。

「刹那!大丈夫か?」

蓮は即座に私を置いて、刹那に駆け寄った。

「煙を吸ったかもしれない。病院に行こう」

「でも、詩さんの誕生日……」

「気にするな。詩は大丈夫だ」

蓮が刹那を支えながら立ち上がる。

「詩、先に帰ってくれ。刹那を送ってから帰る」

また、刹那優先。

でも、私は静かに頷いた。

「わかった」

蓮の困惑した表情が、私の心に何の波紋も起こさなかった。

もう、期待することも、失望することもない。

ただ、静かな諦観だけが残っていた。


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