「望!」
時田美咲は夢の中から飛び起き、叫んでいた。
目を覚まし、目の前のパソコンを見て、ようやく息を吐いた。
「よかった、夢だったのね。ただの夢……」
美咲は胸に手を当て、自分を落ち着かせた。
彼女は、望が事故に遭って命を落とす夢を見ていたのだ。
「どうしてこんな夢を……」
つぶやきながら時計に目をやったその瞬間、視線が止まった。
時間が違う……いや、日付が……おかしい。
表示されていたのは——二年前の日付。
美咲は息を呑み、立ち上がった。二年前、二年前……
夢じゃない。彼女は本当に二年前に戻ってきた。望を救わなければ。
彼女は、昔使っていた古いパソコンに目をやり、画面に映る望の写真を見つめた。そして机の上の鍵をつかみ、走り出した。
目を覚ましたのは、自分の仕事場だった。
仕事場には三人のアシスタントがいて、雑務や資料調べを手伝ってくれていた。専門的なことは専門家に依頼し、指導を受けていた。
九月の午後は蒸し暑く、眠気を誘う。
一人はスマホをいじり、他の二人はうたた寝していた。
そのとき、風鈴の音がチリンと鳴り、皆が顔を上げた。見えたのは、美咲が外へ出ていく背中だけだった。
「時田さん?」
「時田さん、どこ行くんですか?」
返事はなく、響いたのは風鈴の澄んだ音だけ。
アシスタントの一人が窓から見下ろすと、美咲が車に向かって走っていく姿が見えた。
その背中が、どこかいつもと違って見えた。
美咲はそんな視線など気にも留めず、ただひとつの思いだけが頭を占めていた。望を見つける。
彼が本当に生き返ったのかを、この目で確かめなければ。
彼女は全速力で車を走らせた。幸い、実験中学校はそれほど遠くなかった。
ちょうど授業前、生徒たちが登校してくる時間。校門は開いており、制服姿の生徒たちが次々と出入りしていた。
美咲は自分に向けられた視線にも気づかず、まっすぐに古いバスケットコートへと向かった。
そのコートは校舎の隅にあり、地面はコンクリートのままで、年月を感じさせた。
新しいコートよりも、男子生徒たちはこの古いコートを好んでいた。
九月の太陽は照りつけていたが、そばの大きな樹々が日陰を作っていた。金木犀の花の香りが、淡く風に混ざっていた。
時田望も、ここが好きだった。
いつも食事を済ませると昼寝もせず、この場所でバスケをしていた。
美咲は息を切らせながら駆け込み、ゴール下に立つ望を見つけた。
二年後よりも少し幼い顔。
間違いなく、生きている。
彼女の望……本当に、生きていた。
美咲は叫びながら駆け寄り、望を強く抱きしめた。「望……!」
汗でびっしょりになった望の体が、熱を帯びて腕の中にあった。
その温もりが、現実だと教えてくれた。
「本当に戻ってきたのね……戻ってきてくれたのね……」
涙と笑いが入り混じり、胸の奥が震えた。
抱きしめられた望は、手にしていたバスケットボールをポトリと落とした。
「……誰?」
彼は、目の前の少女が母と同じ服を着ていることに気づき、一瞬動きを止めていた。
その隙に抱きつかれ、涙ながらに泣きじゃくられたのだ。
体をぎゅっと抱きしめられ、望は顔を真っ赤にした。「ちょ、離してよ!」
その光景を見ていた男子たちは、目を見開いた。
学校の一番のイケメンの時田望が、女の子に抱きつかれてる!?
驚きと興奮で、誰かが思わず口笛を吹いた。
望はさらに顔をしかめ、「離せ!」と手を伸ばした。
「嫌!」美咲は涙声でしがみついた。「お願い、押さないで……もう少しだけ抱かせて……」
抑えてきた感情が一気にあふれ出し、涙が止まらなかった。
「離せって!」
母親のものを除いては、誰の涙や鼻水も耐えられなかった。
時田望は力強く美咲をはがそうとしたが、美咲は彼の母親で、小さい頃から彼を育てた人んだ。
望は必死に引きはがそうとしたが、美咲はさらに腕に力を込めた。
「お願い、もう少しだけ……」
「頭おかしいのか!」普段は滅多に怒らない望が、周囲の笑い声に耐えきれず吐き捨てた。
美咲はようやく腕を離した。「望、私よ。どうしてそんなこと言うの。あなたを助けるために、どれだけ泣いたか分からないのに……」
その言葉に望はますます混乱し、一歩後ずさった。
「何言ってんの……?」時田望は大きく後退し、美咲を観察した。
彼は美咲をじっと見つめた。顔立ちも服も、自分の母親にそっくりだった。
美咲は彼の冷たい視線を受けて、ようやく気づいた。自分の見た目が若返っている。
クラスメイトたちが口々に茶化した。「望、お前の彼女?隠してたな!」
横で我に返ったクラスメイトが、二人を観察し、目に好奇心を満たしていた。
「何か彼女に悪いことしたのか、こんなに泣かせて」
「そうだよ、君は酷いね、こんなに綺麗な彼女なのに」
「お嬢さん、名前は何?どうやって俺たちの冷たい校の人気者の心を動かしたの?」
望は眉をひそめた。「変なこと言うな。知らない人だ」
その目には困惑と、どこか見覚えのある痛みが混ざっていた。
美咲は心臓が跳ねるのを感じながら、そっと顔を押さえた。
——そうか。若返っているんだ。
焦って確認もせずここまで来たけれど、どうやら本当に若くなっている。でなければ、彼女なんて呼ばれない。
かつては「姉弟みたい」と言われることはあっても、恋人扱いされたことは一度もなかった。
美咲は思わず笑い、そして再び望を追いかけた。
「望、分からないの? 私よ、あなたのお母さんよ」
彼女は小声でそう言いながら、望の後を追った。
——自分の正体を明かして、彼のそばにいる。そうでなければ、警戒心の強い彼は決して自分を受け入れない。
彼を守るためには時間が必要だ。そして二年間で犯人を突き止めなければならない。時間は、あまりにも少ない。
それでも彼女は、息子と過ごす一瞬一瞬を大切にしたいと思った。
もし失敗すれば、彼女は永遠に死ぬ。
成功しても、自分が生き残れる保証はない。けれど構わない。望を救えるなら、それでいい。
二年しかない命。彼を守る時間も、愛する時間も、無駄にはできなかった。
彼女はすぐに名乗ろうとしたが、望はまるで聞こえなかったかのように足を速めた。