扉の向こうは、建物の中だった。日本の住宅よりも長い廊下にドアがいくつか。建築様式は詳しくないのでわからないが、洋風という感じだ。
地下から上がった俺と少女はやがて、玄関らしきホールに到着した。
「……これは、何が起きてるんだ?」
『恐らく、魔物による襲撃かと思います』
即座にインフォが教えてくれる。
ホールは、怪我人と疲れ切った人々で溢れていた。全部で十八人。すぐに数えることが出来た。ロボの体のおかげだろうか。
「女、子供、老人……。男は大怪我してるな」
『戦える者は外にいるのでしょう』
非戦闘員の避難場所っていうことか。それにしても酷い。全員、やせ細っているし、怪我もしてる。
「領主様!」
血まみれの男性を心配そうに見守っていた親子が、少女と俺の存在に気づいた。
一斉に、その場全員の視線が俺達に注がれる。
「それが、守護者様……。上手くいったのですね……」
「儂らをお救いください……何卒……」
お年寄りが涙ぐみながら訴えてくる。
困った、目覚めたばかりで何ができるかもわからなんだが。
『最適化、60%。現時点でも簡易的な戦闘は可能です』
「戦えってことか……」
見た目はロボだけど、中身は二十一世紀の日本人だぞ。警備会社でちょっと訓練したことならあるけど、命のやり取りなんてやったことない……。
『ご安心を。私が全力でサポート致します』
インフォが頼もしいことを言ってくれる。全力でサポートして貰うしか無い。
「私達の声を受けて、目覚めてくれました。ミナティルス家の記録では、この地域の守護する力があると……」
そうなのか。視線が俺に注がれる。
とりあえず、前に一歩出てみたら、軽くたたらを踏んで転びかけた。セーフ、何とか転ばずにすんだ。
「…………」
その場の全員が、失望した目で俺を見ていた。
「……領主様、長く眠りすぎてたんじゃねぇか?」
怪我をしていた男が力なく言う。少女は一瞬、俺を不安げに見た。
「まだ本調子じゃないみたいなんだ」
その言葉は、意思として伝わった。
「……っ! 守護者の心が感じられました。目覚めたばかりで……まだ……」
少女が目を閉じると、一筋の涙が頬を伝った。
ホールの人々が、ため息に似た声を出す。諦めという名の絶望が、集団に広がっていく。それが目に見えるような光景だった。
次の瞬間、目を見開き、小さな口から言葉を紡いだ。
「私が出ます。皆は避難を! 時間は確実に稼ぐことができますから!」
品の良い外見に似つかわしくない、力強い物言いだった。まるで、さっきまでとは別人だ。
『当機を起動できる一族は、強い魔力を内包します。また、最後の手段として、自らの命と引換えに魔力暴走を引き起こす魔法が存在します』
「…………インフォ、彼女はそれをやるつもりか?」
『状況は不透明ですが、可能性は高いかと思われます』
俺は一歩、前に出た。彼女を守るように。そして、手を横にかかげ、行く先を遮る。
「守護者様?」
疑問を浮かべる少女に頷いて、心を伝える。
「俺が行く。外にいる連中を倒せばいいんだろう」
ひときわ大きな音が外から聞こえてきた。小さいが男性の悲鳴も混じっている。
『最適化、70%』
「戦って、くれるのですか? 守護者様」
「それは、守れてから呼んでくれ」
とりあえずやることが決まった。
この子と周りの人達を守る。
それから、名前をつけてもらおう。親しめるやつを。守護者様なんて、偉そうでいけない。
「そこで待っててくれ。片付けてくる」
根拠はないけどな。何とかなるだろう、サポート役もいるし。
『最適化、80%。ご安心ください。当機はあらゆる脅威に対抗できます』
頼もしい限りだ。やるだけやってみよう。
傷ついた人々を後ろに置いて、俺は建物の外に出た。
●
ようやく空の下に出た。
最初に目に入った景色は、今まさに滅びようとする村だ。
粗末な小屋のような木造の住宅。それに対して頑丈に作られた木の防壁に守られた小さな村。
それが、俺の目覚めた場所のようだ。
「俺が保管されてた建物だけ、妙にものがいいな」
『恐らく、当初はもう少し規模が大きかったのでしょう。環境や経済が要因で縮小したと推測できます』
インフォは賢いな。
ファンタジー世界、滅びかけた村に押し寄せる魔物。目覚めた俺はロボか……。
「確認する。戦う力はあるんだな?」
『はい。最適化が完了すれば、より確実な勝利を得ることができるでしょう』
最適化ね。さっき80%だったから、もうすぐだ。頑張ってみるとしよう。
「戦いは素人だ。サポート、頼むよ?」
『最適化と共に自然と動けるようになります。当機のデータと貴方の魂の力はあらゆる困難を乗り越えることができるでしょう』
大げさだな。そんなに凄いのか、この体。
それを、これから確かめよう。
真っすぐ歩き、門に向かう。そこでは、槍や弓を持った男たちが必死に守っていた。
定期的に轟音が響き、頑丈そうな木の門が揺れる。
『破城槌によるものです。あと数回で、門は壊れます』
急いだほうがいいな。
「な、なんだこいつは!」
男の一人が俺に気づいて驚愕する。困った、声が出ないから説明できないぞ。
「そちらは先程目覚めた我が家の守護者様です! 魔物ではありません!」
後ろから声が聞こえた。振り向けば、少女が息を切らせて追いかけてきている。
当然、行く末を見守るか。
あの子が自爆魔法とやらを使わないでいいように、頑張らないとな。
「じゃ、じゃあ、俺達は助かるのか!」
「はい! 守護者様が戦っている間、門を守ってください!」
あからさまに士気が上がる。期待が重い。文字通り、最後の希望だ。
『最適化、90%。跳躍で門を飛び越えることが可能です』
一瞬、少女を見る。
青空のように美しい瞳が、しっかりと強い意思を込めて見つめ返してきた。
「じゃ、行ってみようか」
俺は脚に力を込めて、大きくジャンプした。