葉山昭平は自分の尻をさすっていた。いい年にして、親父から尻をたたかれるとは!
ホントに恥ずかしい限りだ!
妹に見られなくてよかった。
「さあ、帰るぞ」
葉山猛が口を開き、さりげなく美穂の方を見た。
このちびっ子は、抱っこ抱っことすぐにせがむくせに、どうして今は何も言わないんだ。
彼は気づいていないが、今の自分はそれを少し期待しているのだ。
うつむくと、さっきまで自分のズボンの裾につかまっていたちびっ子は、すでによちよちと葉山昭平の前まで歩いていた。
美穂は潤んだ瞳で、心配そうに葉山昭平を見つめ、葉山昭平の手を触った。
「お兄ちゃん泣かないで、美穂ちゃんは全然痛くないから」
そう言うと、懸命につま先立ちして、葉山昭平の目尻の涙を拭こうとした。
葉山昭平はその瞬間、尻の痛みも忘れた!
本当に思いやりがある子だ!
さっきまで美穂が意図的に親父に告げ口したんじゃないかと疑ったが、やはり自分の思い違いだった。
妹はまだ三歳だ。悪意があるわけがない!
葉山昭平はしゃがみ込んで美穂を抱き寄せ、頭を二回なでた。
「兄ちゃんは大丈夫だよ」
ただ、お尻はまだ痛い。親父は容赦なさすぎて、少なくとも数日間は青あざが残るだろう。
葉山猛の顔色はさっきよりさらに曇っているようで、二人が抱き合うのを見て、少し不快に感じた。どうして自分が悪者になったような気がするんだ?
「ぐずぐずするな、早く帰るぞ!」
葉山猛が振り返って立ち去ろうとするのを見て、美穂は小走りで葉山猛のそばに駆け寄り、両手を広げて、また抱っこをせがむ姿勢をした。
「パパ、抱っこ」
葉山猛はちらりと見て、冷たく鼻を鳴らした。
「自分で歩け」
さっきまで葉山昭平とあんなに親しげだったじゃないか。
葉山猛は自分が今ヤキモチを焼いていることに全く気づいていなかった。
美穂は口をへの字に曲げた。
「パパはまだ怒ってるの。じゃあお兄ちゃんのところに行くね」
言葉が終わらないうちに。
美穂の両足は宙に浮き、しっかりと葉山猛の腕の中に収まった。
美穂は嬉しそうに姿勢を調整した。
ふん、男って奴は、やっぱり口と心は違うんだから!
葉山猛は美穂を抱えたまま、振り返りもせずに病院を出た。
車のドアが開いた。
もともと清潔だった後部座席には、既に最新型の安全性最高レベルのチャイルドシートが取り付けられていた。
葉山猛は美穂を後部座席に座らせた。
葉山昭平が後ろについてきて、ちょうど車に乗ろうとしたところを、葉山猛に一蹴りされて追い出された。
「自分でタクシーを拾え!」
美穂は窓の外の葉山昭平を見て、小さな手を振った。
内心ではこっそり笑っていた。お兄ちゃん、さようなら。
高級車が轟音を立てて通り過ぎ、葉山昭平は黙って腕を揉みながら、排気ガスをまともに浴びせられた。
美穂は車の中に座りながら、安全シートは葉山猛の腕の中ほど快適ではないと感じていた。
「パパ、私たちどこに行くの?」
美穂は窓の外を見た。これは葉山家に帰る道ではなさそうだった。
葉山猛は嫌そうな目で美穂の服を見た。
「その変な格好はなんだ」
美穂は下を向き、心の中で呆れた。
これはあなたが大事な息子のために買ってきたものじゃないか。
自分自身の過去のセンスを馬鹿にしているのよ。
車は海市の有名なビジネス街に入り、高層ビル群が美穂の目に飛び込んできた。
田舎から来たこの小さな田舎者は、世間知らずの様子をあれこれ演じ始めた。
「パパ!このビル高いね!」
「あっちのビルはもっと高い!」
「美穂ちゃんはテレビでしかこんな大きなビル見たことないよ!」
葉山猛は彼女の指す方角を一瞥すると、鼻で嗤った。
「高い?小さい家が並んでるだけじゃないか」
口調には十分な軽蔑が込められていた。
美穂は振り向き、きれいな目をパチクリさせながら、真剣な顔で説明した。
「パパは本当の小さな家を見たことないんだね。美穂ちゃんが前に住んでた所はこんなに高くなかったよ!」