美佳は電話を聞きながら、ベッドから起きて浴室に向かった。
「とりあえず彼らを抑えておいて、すぐに行くから」
電話を切った後、美佳は急いで洗面所で歯を磨いて顔を洗い、書類が入ったカバンを手に慌てて階下へ降りた。
「お嬢様、朝食のご用意ができましたが……」
「いらないわ」
時田株式会社。
早朝から、会社最上階の気圧は妙に低くて息もできないほどだった。
会議室で、アシスタントの健太は隣で唇を引き締め黙り込み、明らかに上の空の社長を見て、内心不思議に思った。
朝から誰がボスの機嫌を損ねたのだろう。
会議が終わり、社長室に戻った後、彼は巻き添えを喰らわないように、手元の仕事の報告を終えるとこう言った。
「社長、他にご指示がなければこれで失礼します」
「ああ」
哲也は淡々と返事をした。
ドアに向かう健太を呼び止める。「待て」
健太は振り返った。「社長?」
少し眉をひそめ、唇を引き締めて考えたあと、哲也は尋ねた。。
「野風テクノロジーはどうなっている?」
ボスの義父の会社なので、健太も当然注目していた。彼のこの質問に、難なく答えた。
「株価はまだ下落中です。多くの企業が狙っており、適切なチャンスが見つかれば手を出すでしょう」
そう言いながら、健太は慎重に哲也を見た。
義父の会社が狙われているのに、何も手を打たないのかと疑問に思ったのだ。
哲也は何も言わなかったが、その冷たい瞳から不気味な光が放たれる。
そして皮肉な笑みを浮かべた——
「底なしな胃袋だな」
健太は横に立ち、何も言わなかった。
野風テクノロジーの会長、青木隆一は2週間前、クルーザーで海に出た後、行方不明になり、今も遺体は見つかっていない。
ニュースはすぐに広まり、株価は暴落した。
野風のような大きな肥えた獲物を狙う者は多く、当然助ける者はおらず、落ち込んだところを攻められないだけでも幸運だった。
健太はしばらく待ったが、哲也が再び口を開くことはなかった。しばらく立って待っていると、ついに哲也が尋ねた。
「美佳は?今何をしている?」
健太はその質問に数秒間呆然とし、顔に驚きの色が浮かんだ。
自分の妻が何をしているか知らないのに、この私に聞くのか?
健太は心の中で自分のボスに文句を言いながらも、表情には一切出さず、率直に答えた。
「今朝、中川栄一が社内の株主数名を呼び、株主総会を開くように要求しました。最近、水面下で動きがあり、どうやら奥様に会長の座を譲らせようとしているようです」
もし野風テクノロジーが中川に支配されれば、社名も何もかも変わるだろう。
哲也は手のボールペンを弄んでいたが、この言葉を聞くと、手の動きを一瞬止めた。
美佳からの一方的な「離婚」電話を思い出し、何かを察したようだった。瞳の色が深く沈む。
野風テクノロジー株式会社。
「中川叔父、野風テクノロジーは父が一から築き上げた会社よ。父は行方不明で遺体すら見つかっていないのに、あなたがこんなに急いで私の代わりになろうとするなんて、こんな火事場泥棒みたいなやり方、ちょっと見苦しくない?」
美佳は椅子にだらりと深く座り、右下の席の腹の出た中年男性を半笑いで見つめた。