翌朝。
正臣はいつもの時間に起き、身支度を整えてドアを開けたが、外へ踏み出す足が、ふと止まった。
ドアの向かいに、少女が地面に座り込んでいた。小さく体を丸め、投げ出されたシーツを背に羽織り、退屈そうに両手をもぞもぞさせていた。
ドアの開く音に、奈々はサッと顔を上げた。さっきまで曇っていた瞳が、一瞬でキラリと輝いた。
完璧に仕立てられた黒のスーツが、正臣の長身を引き立て、落ち着いた気品を漂わせていた。白いシャツに黒のネクタイ、シンプルな装いなのに、高貴な雰囲気が一層際立っていた。
朝日の下、彼の顔立ちが一層際立ち、特にその冷たい瞳は、果てしない星空の如く深く神秘的で、一目で心を奪う。
奈々は一瞬その姿に見とれ、すぐにパッと飛び起き、満面の笑みを浮かべて近づき、気軽に声をかけた。「あ、おはようございます!」
まるで昨夜の出来事なんてなかったかのような態度だった!
正臣は眉を一瞬、気づかれないほどに軽くひそめ、すぐにいつも通りの顔に戻った。そして奈々をチラリとも見ず、そのまま横をすり抜けた。後ろには、早朝から控えていた社長秘書とボディガードが、ピッタリとついてきた。
奈々は鼻をスッと触り、大勢に囲まれた堂々たる背中を見つめた。威厳あふれるその姿に、唇をかみつつ、何も言わずについていった。
「ねえ、昨日はぐっすり眠れた?」
正臣が無視しても、奈々は平気で話し続けた。優しい声に、どこか家庭的な雰囲気を漂わせて。「あんまり眠れなかったでしょ? じゃないと、顔色がこんなに悪くなるわけないし」
この言葉に、男の軽く閉じていた唇がギュッと固く結ばれるのを鋭く感じ取り、奈々は察してサッと口を閉じた。
この人、ホントに口数が少なすぎ!喋ったら罰でも当たるの?
外で一晩中彼を待っていたことを思い出し、奈々はムッと胸が詰まった。
一行が建物の一階出口へ向かうのを見て、奈々は黒い瞳がくるりと動いた。どうしても納得できず、唇を軽く曲げ、甘い声で言った。「ねえ、朝ごはん食べないの?朝食ってとても大事だよ?」
そう言って腕時計をチラリ、「専門家によると、朝8時までにご飯食べないと、胃腸が勝手に動き出して、前の日の残り物を吸収しちゃうんだって。つまるところ、食べないと体が自動的に『あれ』を食べ始めちゃうのよ……」
「うっ……!」
二人の後ろを歩いていた秘書は、これを聞いて思わず息をのんだ。社長をあからさまに揶揄するなんて、庄司さんは絶対に前代未聞だ!
そばから冷気が漂ってくるのを感じ、秘書は息をのむことさえできなかった。心の中でこっそり奈々を哀れんだ。
奈々の言葉がまだ完結しないうちに、正臣はついに足を止め、クルリと振り返った。
奈々は足を止めきれず、ドンッと男の胸にぶつかった。
顔を上げ、何か言おうとした瞬間、ゾクッとする冷気が襲い、思わずブルッと震えた。
正臣は一言も発せず、冷たい視線で奈々をチラリと見ただけだったが、その凍えるような目は、まるで氷穴に放り込まれたようで、奈々をゾクゾクさせた。
ヤバい、冗談がやりすぎた!
奈々は自分の頬を何発かぶん殴りたかった。なんでこんなに口が軽いんだよ?
奈々はサッと二歩下がって距離を取り、慌てて手を振って、口元でチャックを閉める仕草をした。「オーケー、もう喋らない!何も言わないよ!」
正臣の冷たく厳しい顔には微塵の変化もなかったが、瞳に宿る軽蔑と冷たさが一層際立っていた。