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21.42% 俺、感情回収師。始まりは神の涙を回収したことだった / Chapter 6: 第六章:白髪の教授と、嫉妬の在り処

บท 6: 第六章:白髪の教授と、嫉妬の在り処

『如月しおり』。 その名前は、僕たちの調査の終着点ではなく、新たな迷宮への入り口だった。

古物店『時のかけら』の静寂の中、僕と月読さんは次の手を探していた。 「彼女の家族や友人を当たるのは難しいわね。数十年前の話だし、プライバシーの問題もある」 月読さんはテーブルに並べた資料を眺めながら、思案深げに言った。 「でも、もう一つの手がかりがある。彼女の才能を認めず、憎んでいたかもしれない“誰か”……それを知る人物がいるとすれば、当時の教師陣よ」

彼女の言葉は、まるで未来を予見しているかのようだった。数時間後、月読さんはどこから手に入れたのか、武蔵野美術学園の当時の教職員名簿のコピーを広げていた。この人の情報網は、一体どうなっているんだ。

「ほとんどの方が既に引退されているか、亡くなっているわ。でも、一人だけ、まだ連絡が取れそうな方がいる」 彼女が指差した名前は、『秋山(あきやま)健治郎(けんじろう)』。担当は、油絵画史。 「偏屈だけど、才能を見抜く目は確かだった、という評判ね。今は都心から離れた場所で、隠居生活を送っているそうよ」

僕たちは、バスに揺られて一時間ほどの郊外にある、古い日本家屋を訪ねた。庭には雑草が生い茂り、建物全体が時間の流れの中に置き去りにされたような空気をまとっている。

出てきたのは、白髪に無精髭を生やした、気難しそうな老人だった。彼が、秋山健治郎教授。僕たちの来訪理由を聞くと、彼はあからさまに顔をしかめた。

「如月しおり、だと? ……ああ、いたな、そんな学生が。暗くて、陰気な絵ばかり描く、呪われたような才能の持ち主だった。それがどうした? 昔の話だ」 彼はそう言って、扉を閉めようとする。その全身からは、強固な《拒絶》のオーラが放たれていた。

諦めて帰るしかないのか。そう思った瞬間、僕の視線は、玄関の壁に飾られた一枚の古い集合写真に吸い寄せられた。それは、当時の卒業記念写真だろうか。

「この写真……」 僕が呟くと、秋山教授は忌々しげに言った。「それがどうした。思い出に浸りに来たわけではあるまい」

チャンスは、一瞬。 僕は教授の注意が逸れた隙に、写真の額縁にそっと指を触れた。 ――『記憶の残滓(メモリー・トレース)』!

【感情ポイント100を消費します】

視界が歪み、過去の光景が流れ込んでくる。 そこは、大学の教授室。若き日の秋山教授が、壮年の男性教授に激しく詰め寄っていた。 「なぜですか、佐々木教授! 今年の最優秀賞は、どう考えても如月くんの作品でしょう! あの独創性、魂を揺さぶる力……!」 佐々木と呼ばれた教授は、値踏みするような目で秋山を見返す。 「秋山くん、君はまだ若いな。芸術は、ただ独創的であればいいというものではない。大衆に受け入れられ、“売れる”ことこそが正義なのだよ。如月くんの絵は暗すぎる。観る者を不安にさせる。それに比べて……」 彼は別の学生の作品を指差す。「彼の絵は、明るく、希望に満ちている。これこそ、コンクールが求める作品だ」 秋山教授が、怒りと無力感に拳を握りしめる。彼の心から溢れ出すのは、濁流のような《憤り》と、どうにもならない壁を前にした《無力感》だった。

「…………」

現実に戻った僕の口から、無意識に言葉が漏れた。 「あなたは……彼女のために、戦ってくれたんですね」

秋山教授の動きが、ピタリと止まる。 僕は続けた。 「佐々木という教授に、反対された。彼女の絵は暗すぎると。売れないからと……」

秋山教授の顔から、みるみるうちに血の気が引いていった。長年固く閉ざされていた記憶の扉を、僕が無理やりこじ開けてしまったのだ。彼の《拒絶》のオーラは消え去り、代わりに深い、深い《哀しみ》と《後悔》が滲み出してくる。

「……君は、一体、何者だ?」 彼は震える声でそう言うと、重いため息をつき、崩れ落ちるように玄関に座り込んだ。 「……そうか。あの子の呪いが、まだこの世を彷徨っているというのか……」

彼は観念したように、僕たちを家の中へと招き入れた。 「いいだろう、全部話そう。君たちには、その権利があるのかもしれん」

埃っぽい応接間で、秋山教授はゆっくりと語り始めた。 「如月しおりは、紛れもない天才だった。100年に一人の逸材と言ってもよかった。だが、彼女の才能はあまりにも鋭く、あまりにも暗く、あまりにも純粋すぎた」 そして、彼は絞り出すような声で言った。 「そして……彼女の光を誰よりも妬み、その才能を己の成功のために利用し、最後には踏み潰した男がいた」

「その男こそが、当時、彼女のライバルと目され……そして今や、日本を代表する国民的画家として、巨匠の名を欲しいままにしている」

「――佐々木隼人(ささきはやと)、その人だ」

秋山教授の言葉は、僕たちの調査が、ただの過去の謎解きではなく、今もなお続く巨大な欺瞞との戦いであることを、はっきりと示していた。


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