セレナが喉元から手を離すと、エルフの娘は身を起こすことができた。少女は用心深く腕、それから首筋をそっと撫でて確かめる。そのまましばし呼吸を整えると、道の上に胡座をかき、鋭く突き刺すような視線でセレナを見つめた。
「私について、何を知りたいの?」と、彼女の声は相変わらず音楽のように澄んでいた。
「あなたは何者?」セレナは迫る。「身の上を話しなさい。どうしてこんな場所にいるのかも」
「私の名はルナワイルド・アリラ。大魔導士ガーウルフと、ハラウェンのエルフのあいだに生まれました。ヴァルカーン北領への襲撃で、父も母も命を落としました。母の最後の言葉は、『シャドリアンを探しなさい――そして……自分の進む道を見つけなさい』というものでした」
「嘘よ!」セレナは堪えきれずに声を荒げた。「人間とエルフに子は成せない。前例なんてないわ」
「前例は、ある!」アリラは即座に言い返す。その声は突如として鋭さを帯び、彼女が長く関わってきたらしい人間という種への、あからさまな侮蔑がにじんだ。「それに、エルフの血を引く者は本来エルフのもの。どうして彼らがわざわざ人間の側に留まる必要があるの?」
「それが本当なら、どうしてあなたは同族のもとにいないの?」
燃えるようだったアリラの眼差しが、わずかに揺らぐ。「それは……その……私も、あの人たちの中には居場所がないから」彼女は視線を森の地面へと落とした。
「それで、シャドリアンに会うのをためらっているの?」
「私がためらっているって、誰が決めたの?」
「ヴァルカーンへの最後の襲撃が報告されたのは“十年近く”前だと聞いたわ」セレナは口元に笑みを浮かべる。「ここへ来るのに、ずいぶん時間をかけたじゃない」
「あなたに、何の関係があるの?」
「この森には“影”が棲むって噂がある」セレナは続けた。「もしかして、それってあなたのことじゃないかと考えはじめていたところ」
「森を護る“影”がいる。あの方の名はティオリル。私なんて、あの方ほど気高くも、真摯でもない」
「ずいぶん敬意を払っているのね」
「エルフで、あの方を敬わない者がいる?」アリラはやや早口で言い、声に緊張が走った。「人間には、わからないでしょうけど」
「でもあなた、完全なエルフというわけじゃないのでしょう?」
「そうなれるはずだった……私の“力”を見下されなければ」
「ガーウルフが忌まれたのと、同じ理由ね」セレナは目を細め、心中で呟く。「あなたは彼の力だけじゃなく、母親の恋に浮かれた純真さまで受け継いだ。彼とティオリルに、奇跡を見ている。――その目、そう言っているわ」
アリラの瞳に再び火が宿り、彼女は勢いよく顔を上げてセレナの氷のような視線を真っ向から受け止める。セレナは嘲るように口角を上げた。「図星よね、アリラ」
「図星よ」アリラも負けじと強い調子で返す。「――“銀翼王座の継承者”」「あなたも、私と同じくらい“読みやすい”みたいね」
「私の目から読み取れたのは“肩書”だけ。物語の全ては、あなたにはまだ見えていない」
「そうかしら? それで、あなたはシャドリアンの何を怖れているの?」
「私はあの老エルフを怖れてはいない」セレナはきっぱりと言う。「怖いのは“未来”、そして運命が私に用意している道。でも、あなたみたいにそこから逃げはしない」
「だったら宮殿へお戻りになれば? その気品、居場所はあそこだって全身で語っている」
「見ての通り、この地はもう長いあいだドライケンに支配されているの」セレナは目に反抗の光を灯し、声を強めた。「あの忌まわしい王と息子たちの奴隷になるくらいなら、私は地獄に堕ちた方がまし!」若いエルフは恐怖を隠そうとしたが、セレナの目はそれを見逃さない。「“ドライケン”なんて名乗る連中に、私の国を支配させはしない。何を犠牲にしても、私はこの国を取り戻す」
「それなのに、どうしてまだ田野をさまよっているの?」
「軍がないからよ」セレナは揺るぎなく宣言した。「それに、私ひとりではドライケンと戦えるほどの力もない。だから、可能な限りの助けが必要なの。――でも、奴らに報いは必ず受けさせると誓う」
立ち上がろうとして、アリラは吐き気に襲われ、慌ててその場に座り込んだ。セレナはすでに立ち上がって手を差し伸べる。「シャドリアンのところへ来なさい。そのあとで、あなたのためにできることを考える」
「一緒に行くわ」アリラは眩暈が収まるのを待ちながら言った。「でもその前に、あなたの脚の手当が必要よ」
セレナはふくらはぎの傷を見下ろす。血はまだどくどくと流れている。彼女は肩をすくめた。「たいしたことないわ、私は――」
アリラは遮るように手を伸ばして彼女の脚をつかみ、俯いた。セレナの体が一瞬こわばる。だが次の瞬間、エルフの少女の両手から驚くほどの温もりが広がった。痛みが引き、裂けた組織が内側から縫い合わさっていくのがはっきりとわかる。アリラが顔を上げ、最後の血をそっと拭い取る。そこには――傷はまるでなかった。
しばし呆然としたのち、セレナは小さく呟いた。「……助かったわ、ありがとう」彼女はエルフに手を差し出す。アリラは見上げ、その仕草に一瞬きょとんとした表情を浮かべる。
セレナは口元にわずかな微笑をのせた。「さあ、支えるわ」
「どういう意味?」
「シャドリアンがあなたを待っている。それに、あの人を待たせるのは得策じゃない」
セレナはアリラの腕を取り、ぐっと引き起こした。立ち上がったアリラの身体がふらつくのを、セレナの支えがしっかりと受け止める。
「まさか、いまから?」アリラはありありとした不安をにじませて尋ねる。
「ええ」セレナはアリラの肩に自分の腕を回し、歩けるよう支えながら言った。「それに、あなたは明らかに治療が必要。――人間に診てもらうのは、気が進まないでしょうけど」
アリラは見上げ、優しい小さな微笑みを浮かべた。「感謝するわ」
「気にしないで。もともと原因を作ったのは私だし」セレナは半ば気取らぬ調子で言う。
「先に襲ったのは私よ」アリラは譲らない。「あなたは私の命を救って、いま助けてもくれている。私はあなたに借りができた」
「その借りは、シャドリアンのところで返しなさい。当面は気にしなくていい」セレナはそう言って、二人の体の向きを変える。森の奥へ消えていく煙の尾を追うように、彼女たちは歩み出した。