リリシーの身体がフワリとした……風か反重力か……。足元に僅か、浮力が生まれたように見えた。ブーツの底に魔法陣があるのだ。
次の瞬間 !
トーーーーーンッ
軽い。
一蹴りで魔蝙蝠の集団三匹がいる遠い距離まで、弾いた様にジャンプする。
その距離、五メートル以上。
そして、いとも簡単に振り回されるロングソード。
ギィィ !!
三匹を一振で羽を飛ばし、地面へ落とす。
剣を振り、ぬらりと流れる血を振り飛ばして宙から落ちる。その着地点は大牙狐の背。
ドフッ ! と言う音と共に、苦悶の鳴き声をあげる大牙狐。無常にもリリシーは背の上に乗ったまま、踵を強く打ちつけ背骨を砕く。これには堪らず、大牙狐も生きながらにして倒れ込む。
「フッ !! 」
リリシーはそのまま倒れた大牙狐の横腹をバネに、大きく後方宙返りをして、残りの魔蝙蝠を殲滅。再び別の大牙狐に躊躇いなく着陸する。
ギャンッ !!!!
一連の流れに興奮した三匹の大牙狐が、離れた場所から弧を描くように同時に飛びかかる。
リリシーは足場にした大牙狐の脳天に素早くトドメを刺すと、柄にあるレバーのような突起物を逆方向に起こす。
ガシャ !!!!
「う……うそ…… !!? 」
ノアはポカンとその姿に魅入る。
持っていた両刃のロングソードが半分に分かれ、双剣へと変形した。
構えも全く別物。全身が武器のように隙がない。
一匹を左の剣でガード。右の狐は致命傷。左の狐は視力を奪われる。最早自在にホバリングしているリリシーの身体は、体勢を変えると、最後の大牙狐を思い切り地面へ蹴飛ばした。
大牙狐は大きくバウンドして地面へ叩きつけられた。
だが目標はこれから。
ドボォ !!
叩きつけられた大牙狐の振動に反応して、何かが突き出して来た。
「……ぅっ ! 」
思わず、見守っていたノアから驚きの声が漏れる。
土竜種の仲間で、竜とは付くが、極めて厄介な蛇の魔物だ。全長十メートル以上もある群れを作る種で、顔の半分以上が凶悪な牙を持つ口。そして目の代わりに振動や熱を感知するのか、孔のような器官が複数見られる。
恐らくはリリシーの動きや熱も感知するはずだ。
だが、スピード。
これはリリシーが確実に上。
ノアは理解した。
リリシーが『魔法使い』とギルドに登録しているにも関わらず、剣士の姿をしている理由。
リリシーをよく見ると、剣を握っていないのだ。
手の平のすぐ下に、剣が浮かぶようについて来る。まるで糸で繋がっているように。
リリシーが右手で空を薙げば、剣もそれに連動し刃がその場を斬り裂く。
細身で筋力の無いリリシーが、魔法の効かない相手でも、メンバーと遜色無く戦いたいと言う思いで進化して行った、我流の魔法剣術。
斬り落とされた首に怒りを表した他の土竜蛇も、次々地面を破り、リリシーの存在を捉えた。
リリシーの頭上から、一体の蛇が垂直に牙を突っ込んで来る。
しかし、氷の上を滑っているかのように、リリシーの身体は猛スピードで地面に滑り込み、首が振り向く間も与えず、そのまま致命傷の一撃を加える。
他の個体も牙を剥き出し突っ込んで来るが、左手を翳すだけでいとも簡単にガードを決める。それも剣腹の、細いフラー側だけで頭突きを盾にしていた。
孔がぶつかり、ひるんだ隙に右手の剣で急所を思い切り突く。
吹き上がる魔物の血と体液。
リリシーの霧の様な髪が数分にして、ドス汚い赤色に染まる。
ノアは既にクロスボウを降ろして呆然と眺めるだけだった。
エルザのダンジョンに行くパーティの実力は本物だ。
『攻略出来なかったパーティ』では無い。『秘密を暴き生還した魔法使い』。それがリリシーだ。惜しみなく身体に取り入れた仲間の特性を誰よりも理解して使いこなしている。
そして魔法による圧倒的なスピードの違い。風に乗り、意のままに軽い体を扱う魔法。
力任せの防御貫通ができない、柄を握らずとも手の動きと連動する謎の魔法。あれではどんなに力自慢の剣士と撃ち合っても、剣が手から跳ね飛ばされることは無い。握力無視で剣を操っているのだから。
これが魔法使いでなければ一体何なのだろうか。魔法で戦っているのだから、魔法使いである。致命傷は全て剣によるものだが、これほどの魔法使いなら攻撃魔法も確実に使えることは言うまでもない。
何より、双剣に変型しても強度が保たれる剣は、町の鍛冶屋で作るにも難しい物だ。
真っ黒な魔物達の屍が小さな丘のように積み上がる。その禍々しい内臓の匂いと、そばに立つ華奢で雪の様な髪を鮮血で染めたリリシーの姿がその場にいた全員の脳裏に焼き付く。
「終わりました」
リリシーがOKサインを出すと、子供たちと親父が安心した様子で出てきた。
「ああ、なんと ! つ、強い ! ありがとうございました ! 」
「もう大丈夫です。焼却すれば仲間が来ることはありません。臭いに敏感な奴らですから、一度仲間が倒された場所には滅多に来ません。
魔蝙蝠に価値はありませんが、大牙狐の毛皮は高く売れます」
「あぁ ! あの子が着てるのがそうだよね ? 」
親父はノアの羽織った毛皮のマントを指さす。
「そうですそうです」
「こりゃあいいや。
いや、まずは礼だな。
旅してるんだろう ? 好きなだけ食料持ってってくれ。とはいえ、干し肉や豆の類いしかないが……そうだバゲットが焼けてるよ ! チーズもある ! 」
「助かります。荷物もありますので……少しだけ分けていただければ嬉しいです。
では土竜蛇はここで焼いちゃっていいですか ? 」
「うッ ! そうだね、なんか気味が悪いし。その方がいいかな。あと、嫁が今、拭くものとお湯を用意してるから ! 」
「ありがとうございます !
じゃあ、ノア。おじさんに食事貰ってくれる ? 」
「う、うん ! お邪魔します ! 」
圧倒的な戦闘能力を見た後で、ノアは気が動転しているが、一家は皆ノアを快く迎え入れた。
リリシーは納屋から麦藁を転がして来ると、倒した魔物をなるべく一箇所に引っ張り集め、呪文で火を放った。
晴天の空に火の粉が追い風で遠くへ、舞い上がって飛んでいく。
リリシーがスカーレット領に来る前。
故郷の大陸が春になると、大木に薄紫色の花が咲く。その花を思い出していた。風が吹くと小さな花弁が舞い上がり、遠い空へ吹き上がり、その花弁と共に風に乗るのだ。
「……クロウはきっと、このままじゃ戻れないわね」
クロウは懐いた伝書鳩をポケット等に潜ませて常に連れていたはずだ。
その鳩も出せないとなると、やはりミラベルの追っ手に捕まったのだろう。
『いくのか ? 』
「ええ。ノアの武器もお願いしたいから……。それだけよ……」
『んもう ! ……素直じゃないねぇ ! ま、あんたらしいけどさぁ ! 』
『いや、それで十分だ。
クロウを頼むぜ、リリシー』
「リリシー ! 」
ノアが駆け寄ってきた。
「お湯沸いたって。髪、せっかく綺麗なのにベトベトだよ」
「うん。有難う。
ノア、わたし……」
「うん ? 」
「クロウを助けに行きたいの。ミラベルの存在も放っておけない。どうせ追われてるなら、ケリをつけたいの。
助けてくれる ? 」
不安そうに聞くリリシーに、ノアは頼られた事が嬉しかった。
「勿論だよ !! それに、クロウに僕も会ってみたい !
じゃあ、僕たちパーティ結成だね ! 」
「パーティ……。そうだね。わたしたち、もうパーティだね」
「あはは !
よろしく、リリシー ! 」
「うん。わたしも。その……よろしくね、ノア」
二人微笑みあい、農場主の好意に甘え、住居へ向かう。
背後ではゆっくりゆっくり炎が燻り、邪悪なる者達を浄化した火の粉がチラチラと輝いていた。