「杏姉」
武田彰人の前の席に座る宮沢澪が、そっとメモを手渡してきた。
そして温井杏はメモを開いた。
「杏姉、隣の席の彼、超変態だよね。早く彼を十組から追い出す方法を考えないと」
温井杏は読み終えると返事を書いた。
「どこが変態なの?すごく男前だと思うよ!!」
彼女はそれを丸めて宮沢澪に投げ返した。
宮沢澪は温井杏の書いた言葉を見ると、頭を下げて、憤慨した様子で返事を書き始めた。
温井杏は宮沢澪の美しい横顔を見つめながら、澄んだ子鹿のような瞳に冷たい光が一瞬走った。
宮沢澪は毎日、取り巻きのように温井杏の傍にいて、こびへつらい、忠誠を誓っているふりをしていた。
温井杏を助けるという名目で、武田彰人を傷つける下策を出してくるが、実は自分が武田修平を好きで、武田修平の代わりに仕返しをしたいだけなのだ!
すぐに宮沢澪はメモを投げ返してきた。
「杏姉、放課後に彼を路地に呼び出して、麻袋を被せてボコボコにしない?そうすれば来週の月例テストに出られなくなるわ」
温井杏は返事を書いた。
「彼は片手で蛇を絞め殺せるのよ。私たちが彼を殴れると思う?」
武田彰人が喧嘩するとなれば、武田修平が十人いても敵わないだろう。
あの陰湿な迫力は、普通の人間には太刀打ちできないものだ!
宮沢澪:「杏姉、今日どうしたの?普段なら武田彰人のこと大嫌いで、視界から消えてほしいって言ってたのに、今日はどうして彼をかばうの?もしかして作戦を変えた?あっ、わかった!美人局作戦ってやつ?まず彼の心を掴んで、それから思いっきり蹴り飛ばすつもりでしょ?」
温井杏は思わず噴き出しそうになった。
宮沢澪は将来、大物脚本家になるだけあって、こんなドロドロで刺激的な筋書きを思いつくとは。
彼女は武田彰人を誘惑したいと思っても、今の彼女に対する冷たく嫌悪感に満ちたその態度では、誘惑なんてできるわけがない!
温井杏はもう宮沢澪に返事する気がなくなり、メモを丸めて、ちぎろうとした瞬間、脚の辺りに違和感を感じた。
温井杏が顔を下げると、隣の少年が寝姿を変えていて、長く伸びた脚の一方が彼女の方に寄っていた。制服のズボンの生地がかすかに彼女の脚の白い肌に触れていた。
かすかな感触だったが、温井杏はちょっとしたしびれを感じた。
彼女が彼の方を見ると、不意に漆黒の細長い瞳と目が合った。
彼はいつの間にか目を開けていたのだ。
武田彰人の目は典型的な奥二重で、細長く美しく、目尻が少しつり上がっていて、まつげは濃くて密集している。一見すると、アイラインを引いたかのように見え、瞳孔の黒さをより深く見せていた。
温井杏は体を震わせ、手が震えた。
そして紙の塊が落ち、少年の引き締まった長い脚に沿って、白いスニーカーを履いた足元までゆっくりと転がっていった。
温井杏はそれを見て、息が止まり、死にたい気分になった!
彼はまだ机に伏せたままで、冷たく疎遠な眼差しで彼女を見つめていた。
温井杏は唇がこわばり、生まれつきの甘く柔らかい声で言った。
「実は話があるの。昔の私は幼稚で無知だった。たくさんの愚かなことをして、あなたを傷つけたわ。もう二度とそんなことはしないって約束する...」
彼女はそう言いながら、平静を装って足を伸ばし、紙の塊を引き戻そうとした。
「心から謝罪する。私たちが和解することを望んでいる...」
彼の足元の紙の塊に目をやると、引き戻そうとした瞬間、突然隣の長い脚が動き、紙の塊は彼の足の下に踏みつけられた。
温井杏の心は、一瞬で釣り上がった。
もし彼がメモの内容を見たら、きっと彼女が美人局を仕掛けようとしていると思うだろう...
ダメだ、見られちゃいけない。
温井杏はすぐに腰を曲げ、机の下に潜り込んだ。
そして、彼の引き締まった長い脚を押して言った。
「武田さん、私の物を踏んでるよ」