タロ自身、本気で事を荒立てるつもりはなかった。今彼の関心は、眼前の少女よりも神秘の門と灰色の霧が一体何なのか、という点に注がれている。
あれらは、どうやらある程度まで精神魔法に抵抗できるらしい。システムの紹介文には、そんな記述はなかった。
そこで、彼は一つの考えを思いついた。グレースを利用して、神秘の門がどこまでやれるのかを実験するのだ。
脳内に存在する前世の記憶は、その一片たりとも外部に漏らすわけにはいかない。今後、同様の事態に遭遇した際に、制御不能の状況に陥るのを防ぐためでもある。
この世界に存在する精神魔法は、タロにとって大きな脅威であることに変わりはないが、彼の心はさほど揺らいでいなかった。
コントロールできることには慎重であれ。コントロールできないことには楽観的であれ。人は、己の能力の及ぶ範囲でしか物事を為せない。その事実を受け入れ、楽観的な心で、すべてに立ち向かうのだ。
かの哲学者、エピクテトスの言葉をタロは心の底から信じていた。
これからの会話のリズムを計算し、いかにして目的を達成するかを吟味した後、タロは言葉を続けた。
「違うと?では一体どのような動機で、僕に魔法を?」
「わ、私は……ただ……」
「ほう?まさか、ただの事故だったとでも?」。タロはグレースが言い訳をひねり出す隙を与えない。「今回のその気まぐれが、何をもたらすか分かっているのですか?」
「最も良い結果で、こうだ。アイリス伯爵は父上に謝罪を強要され、ついでに交易路の利権を少なくとも一つは手放し、一族の栄誉は地に堕ちる」
「そして、最悪の結果。アイリス伯爵が身を切って災いを避けることを拒んだ場合、我々は、フルーレ家が政敵の子息に精神魔法を使用したと、大々的に吹聴することになる。貴族たちがどのような反応を示すか、想像がつきますか?フルーレ家が、どのような立場に置かれることになるか」
「皇帝陛下ですら仲裁できない段階まで発展すれば、避けられぬ戦争が始まる。平和の名の下に、数百年もの間、思うままに利を貪れなかった貴族たちが、飢えた豺狼よりも貪欲に、この騒乱に飛び込んでくるでしょう」
「一度衝突が始まれば、何が起こるか誰にも分からない。どれほどの貴族が破産し、落ちぶれるか。どれほどの騎士が新たな爵位を得るか。そして、さらに多くの民が、戦火の中で奪われ、踏みにじられ、数えきれない家族が離散することになる」
「そして、そのすべての元凶は、ただ一人。グレース・フルーレ。あなたが、たった今、この私に、世界に名だたるフルーレ家の精神魔法を行使した、ただその事実だ」
タロの脅しに、グレースの瞳がみるみるうちに水気の膜で覆われていくのを見届け、テーブルを叩いていた彼の指が、ぴたりと止まった。
少し、やりすぎたか?相手は、まだ15歳にも満たない少女なのだ。
グレースは最初、タロが自分に不埒な考えを抱いていると邪推したことを認めつつ、いかにして彼をこれ以上怒らせずに許しを請うか、そればかりを考えていた。
だが、タロの怒涛の口撃に晒され、彼女の頭は、これから起こりうる未来への恐怖でいっぱいになっていた。
「もちろん、そのすべてが必ずしも現実になるとは限らない」タロは話題を転換し、解決策を切り出す準備を整えた。
「……何か、条件がおありなのでしょう?」グレースは、それでも貴族としての体裁を必死に保とうとしていた。歳は若くとも、貴族間の利益交換という習慣を知らないほど無知ではなかった。
労せずして手に入る利益を貴族に手放させる方法はただ一つ。それ以上の利益を、相手に与えることだ。
「三つの要求」。タロは、指を三本立ててみせた。
「タリスの栄誉にかけて誓おう。私の三つの要求を呑んでくれるなら、今起きたことは、これ以上誰の耳にも入れないと」
「……その要求が、どのようなものか、先にお聞かせいただくことはできますか?」グレースは一瞬ためらい、そう問い返した。
「僕は誠意を示した。君もそうであってほしい」。タロは付け加えた。「これらの要求が大きな損失を与えることも、基本的な美徳に反することもないと約束しよう」
その言葉を聞き、グレースは再び沈黙に陥った。
天秤にかかるものの大きさが、あまりにも違いすぎる。本能がそんな単純な話のはずがないと警鐘を鳴らしていた。
だが、タロは家の名誉にかけて誓った。もし法外な要求をされた場合は、それを盾に拒否することもできる。
貴族とは、己が命よりも家の栄誉を重んじる生き物なのだ。
「……わかりました」。しばしの後、グレースは屈した。
今にはもう、この取引に乗る以外の選択肢は残されていなかった。歯を食いしばり、頷く。
「賢明な判断だ。一つ目の要求は、僕に謝罪すること」
その言葉に、グレースは目を丸くした。謝罪するだけ?ますますタロという人間が分からなくなった。
「申し訳ございませんでした」。我に返ったグレースは、タロが心変わりするのを恐れるように、即座に、そして丁重に頭を下げた。「私がタリス閣下に対して、あらぬ不埒な考えを抱いているのではないかと勝手に邪推し、その上で、極めて非礼にも精神魔法を行使したことを、深くお詫び申し上げます」
タロは一瞬、言葉に詰まった。確かに彼女の成長後のCGを思い出してはいた。どうやら、あの魔法には、受動的な精神感知能力もあるらしい。
「……いや、こちらもすまなかった。無礼にも、君をじろじろと眺めてしまった」。相手が妙な考えを抱かぬよう、彼もまた言葉を返した。「だが、安心してくれ。今の君のそのちんまりした身体には、興味はない」
「二つ目の要求については、学校に着いてから詳しく話そう」
二つ目の要求とは、グレースに神秘の門の実験台になってもらうことだ。今ここで説明するには少し複雑で、一度で終わるようなものでもない。ゆっくり進めればいい。
そして三つ目の要求。それはまだ考えていない。急いで使うつもりもなかった。手の中にある切り札は、時として、使うことよりも持っていること自体に価値があるのだから。
グレースは、タロが言った「今は興味はない」という言葉が真実であることを感じ取っていた。もっとも、自分の能力こそが、タロの三つの要求を受け入れる決め手の一つでもあった。
この短いやり取りを通じて、彼女のタロに対する見方は大きく変わっていた。特に、無礼を働いた自分に対して、タロ自身も謝罪の言葉を口にしたことには驚いた。
彼に関する噂は、どうやら、それほど当てにはならないらしい。
心が落ち着きを取り戻すと、グレースの中で、タロが「死」を渇望する理由への好奇心が、再び燃え上がってきた。
何不自由なく、尊い身分に生まれたこの若様が、なぜ死を望むのか。何が、彼にそんな考えを抱かせるのか。
だが、今のこの関係で、それ以上踏み込んだ質問ができるはずもなかった。
こうして、車内は再び静寂に包まれた。
タロは再び目を閉じてポップコーンムービーの世界に浸り、グレースは、タロという謎に満ちた存在と、彼が口にするであろう二つ目の要求に、思いを巡らせていた。
やがて、一行は港に到着した。
もっとも、その「港」は、一般的な認識とは少し異なっていた。それは、崖の上にあった。
学生たちは、崖の縁に設けられた待合所で、学校へと向かう魔法の飛行船の到着を待っている。
待合区域へ入るには審査があり、老執事とフルーレセーフはここで足止めされた。
別れ際、老執事は屈み込み、丁寧にタロの身なりを整えながら、一人暮らしの注意事項を飽きもせず、何度も繰り返した。
本当は、学校へ行けばもはやタリス家の庇護はないのだから、少しは言動を慎むようにと忠告したかった。
だが、車内でのタロの振る舞いを見た後では、その必要もないように思えた。丹精込めて育てた若木が、知らぬ間にたくましく成長していた。老いた胸に、温かいものがこみ上げてくるのを感じた。
少し離れた場所では、グレースとフルーレセーフが何やら小声で話し込んでいる。会話が進むにつれ、フルーレセーフの顔色はますます悪くなっていった。
やがて彼はタロの前に進み出ると、二人を送ってくれたことへの感謝を述べ、次にタロが休暇で帰省する際には、必ずや満足のいく埋め合わせをすると約束した。
タロは、笑いながら手を振る。「満足のいく埋め合わせなら、もういただいたさ」そう言うと、ちらりとグレースに視線を送った。
その瞬間、フルーレセーフの世界から、すべての色が失われた。