บท 11: 第11章 平和を装う（二更併合）
「お母さん」
電話をかけてきたのは夫である森田佑助の母親、森田家の老婦人だった。彼女は口を開くなり強い口調で言った。「聞きたいんだけど、凪紗を燕の都中学校に入れる手はずを整えたのはあなたなの？」
安井詩織はためらうことなく答えた。「ええ」
少し間を置いて、彼女はさりげなく尋ねた。「誰があなたにそう言ったの？」
情報が広まるにしても、こんなに早く老婦人の耳に入るはずがない。
詩織は昼間の喜美のことを思い出した。喜美はうまく装っていても、やはり隙があった。
詩織はビジネス界を何年も渡り歩いてきて、人の本質を見抜く目は確かだった。
ただ、以前の喜美は確かに優しく善良だったのだ。
「それが重要なの？世の中に秘密なんてないのよ！」老婦人は一気に怒りを爆発させ、声のトーンを何段階も上げた。「詩織、あなた知っているの？うちの森田家にはどれだけの取引先が燕の都中学に関係しているか？凪紗が戻ってきてあなたが嬉しいのはわかるけど、どこの学校でもいいのに、どうして燕の都中学じゃなきゃいけないの？」
詩織は目を伏せた。「お母さん、彼女は小さい頃からずっと苦労してきたんです。良い教育を受ける権利があります。私が彼女を引き取ったのは、自分の願いを叶えるためではなく、幼い頃に失ったものを倍にして返してあげたいからなんです」
老婦人は冷ややかに笑った。「それじゃ、あなたはどうしても凪紗を燕の都中学に入れるつもりなのね？」
詩織の返事を待たずに、彼女はさらに急き立てるように言った。「もし私が反対したら？」
詩織は気持ちを落ち着けてから、強い口調で言い放った。「凪紗は私の娘です。どの高校に行くかは、私の自由です」
「あなた...つまり、祖母である私には口出しする資格がないと言うの？」
詩織は浅い笑みを浮かべながらも、断固とした口調で答えた。「そういう意味ではありません。ただ、お母さんはご高齢なのですから、ゆっくり余生をお楽しみください。若い世代のことは、あまり心配なさらなくても」
「あなた...」
「お母さん、もう遅いですから、早くお休みになってください。私はまだ仕事があります。取締役会が私の決断を待っていますので」
電話を切られた老婦人は怒りで鼻息が荒くなり、すぐに言った。「優子、聞いた？あの子が何を言ったか。私の上に乗っかってくる気よ！私はずっと言ってたでしょう、会社の経営権を長男の嫁に渡すべきじゃないって。でも年寄りは聞く耳を持たなかった。女の浅はかな考えだと言って！」
彼女は何度も愚痴をこぼした。夫には会社の経営権を次男に多く与えてほしかったのだ。長男の嫁より次男こそが身内だと。長男の嫁は扱いにくい人間で、会社のことに必ず口を出したがる。会社の半分が彼女の実家の財産だとしても、それがどうした？嫁いだら夫に従うもの。彼女は自分の立場をわきまえていない！
神田優子は心をこめて老婦人の肩をもみながら、多くを語らなかった。
このような時は、言いすぎると逆に越権行為になる。静かに聞き役に徹するのが良いのだ。
老婦人はなおも延々と不満を述べ続けた。「それといえば、次男も同じね。以前、年寄りが分社を任せようとしたのに、彼は断った。寝ていても金が入るのだから、毎年配当金を待っていれば十分だと言ってね。この次男ったら...」
優子はようやく口を開き、笑顔で言った。「お母さん、陽介はそういう意味で言ったんじゃないんです。私が一番よく知っていますが、彼はお兄さんと義姉さんの間に亀裂が入るのを恐れていたんです」
「あの女に何ができるっていうの！」老婦人は眉をしかめた。「この森田家は我々の天下よ。詩織ごときに口を出す権利があるの？彼女は少し権力を持っただけで、まるで森田家が自分のものだと思い込んでいる！」
「お母さん、私と詩織は大学時代からルームメイトでした。彼女は情に厚い人なんです。娘への愛情が強すぎるあまり、あなたに失礼な態度を取ってしまったんです。あまり怒らないでください。体を壊してしまったら元も子もありません」
老婦人は振り返り、後ろに立つ次男の嫁を見た。長男の嫁より家柄は少し劣り、森田家の発展にはあまり役立たないが、道理をわきまえ、気配りができる。どう見ても長男の嫁よりずっと優れていた。
「やっぱりあなたは心が優しいね」老婦人は軽く優子の手を握った。「ああ、私には分からないわ。家にはこんなに多くの子供がいて、みんなエリートなのに、どうしてあんな廃人同然の子を家に連れ戻す必要があるの？私たちの家の恥になるだけじゃない？」
優子は目を伏せ、穏やかな声で言った。「お母さん、ご安心ください。喜美も凪紗と同じ学年です。彼女がいれば、従姉としてよく助けてあげるでしょう」
*
凪紗がまだ来ていないのに、その噂はすでに学校中に広まっていた。
森田家は燕の都の名門であり、第一級の存在だったので、簡単に注目の的になるのだ。
喜美のように、一挙手一投足が多くの人に見られ、裏では男子に憧れられ、女子に羨まれ、常に注目の的だった。
しかし今回、彼女の立場は凪紗に取って代わられていた。
だが、みんなが広めているのはあまり良い内容ではなかった。
当時、森田家が幼い娘を失ったという事件は、何年も経って、知る人は少なかった。
森田家の長男である佑助、森田家の跡を継ぎ、数百億の資産を相続する可能性が最も高い男性の家に、突然娘が現れたのだ。
様々な噂が飛び交った。あるものは、佑助の家には三人の息子がいるので娘が欲しくて養子を迎えたと言い、一方で少数だが悪質な噂として、証拠もないのに凪紗が佑助の隠し子だという話も出た。家庭の和を保つために詩織が受け入れざるを得なかったのだと。そして人前では笑顔を装わなければならないと。
たとえ対外的には長い間行方不明だった末娘が見つかったと発表されても、彼女たちは全く信じず、ただの取り繕いだと思っていた。
特に森田家ほど裕福でなく、夫婦の仲も佑助と詩織ほど良くない家庭で、その噂は特に激しく広まっていた。
それらの奥様たちは前からずっと詩織を快く思っていなかった。仕事も結婚生活も、なぜ良いことばかり彼女に起こるのか？
普段から佑助と詩織の仲が悪いと陰で噂していたが、その度に打ち砕かれてきた。
今回はチャンスだ。彼女たちはこの機会を逃さず、精一杯この件を広めようとしていた。
「ふん、普段は恩愛深い夫婦のフリをしてたけど、所詮はこんなもんね」
「詩織は強い女だから、強すぎるのよ。これも仕方ないわ」
「どうしてそんなに芝居が好きなの？前は羨ましいと思ってたけど、今は吐き気がするわ。体裁ってそんなに大事？」
これらの言葉は当然、彼女たちの子供たちの耳に入り、学校でさらに激しく広まった。
ある女の子が喜美に確認しに行った。喜美は俯いて問題を解いており、横顔が美しかった。彼女は真面目で素直な女の子で、学業優秀なだけでなく気立ても良く、普段から成績の悪い生徒に問題を教えてあげるような、完璧な人だった。
喜美は眉をひそめ、少し興奮した口調で言った。「デタラメを言わないで。凪紗はもちろん叔父さんの実の娘よ」
皆は喜美のその様子を見て、これ以上彼女を怒らせるようなことは言えなかったが、心の中では疑問が残った。
凪紗は佑助の実の娘だと言ったが、外の隠し子ではないとは否定しなかった。つまり、認めも否定もしていないということ？
どうやら、何か隠し事があるようだ。
さもありなん、喜美はこんなに優しい性格だから、当然森田家のために発言し、面目を保とうとするはずだ。
そのとき、ピカピカに光る黒いロールスロイスが燕の都中学校の門前に停まった。
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