驚くほど簡単にイカルガに搭載されていた予備のジュエルナイトを奪取することが出来た。まるで持って行って下さい、と言わんばかりの警戒の緩さに六花は怪訝な表情を浮かべる。
フェイはフェイで特に気にしていない様子でジュエルナイトの操縦席に腰掛ける。
するとフェイが発する固有波動をジュエルナイトが感知し、人間の骨格や筋肉を模した鋼色の素体状態から瞬く間にフェイ専用のジュエルナイトへと変貌を遂げる。
全身に宝石のような透明な装甲が纏われたかと思えば、暗闇のように黒く染まる。さらにその形状も先端が鋭利に尖っており、とても殺伐としている。頭部には二本の角が生え、背部から一対の蝙蝠のような翼が生成される。
全長十五メートルの死神や悪魔を連想させる禍々しい姿。それがフェイの駆る黒いジュエルナイトである。
武器はすぐ近くに納められていた剣を拝借した。
「六花、アンタはこのままアタシの機体の手に乗って」
「分かってる。まだ、波動酔い? で頭がクラクラするんだ。だからそうさせてもらう」
六花は言って下ろされた黒いジュエルナイトの掌に飛び移る。
フェイは六花が掌に乗ったことを確認すると、抱えるように両腕を動かす。これで下手な操縦をしなければ六花が落ちることはない。そのまま外へと続く洞窟のような発進口をホバー移動で突っ切り夜空へと躍り出る。
瞬間、一対の蝙蝠のような翼を大きく広げる。
「飛ばすよ」
「うん」
フェイは宣言通り、蝙蝠のような翼を羽ばたかせ凄まじい加速の下に、近辺に建てた仮面の集団の拠点へと向かうのだった。
☆☆☆☆☆☆
二人の様子をずっと見ていたローゼとサーニャ。そして、サーニャと同じ赤毛を長髪にした女性。
女性の名はルーナ・ブランカ。サーニャの姉である。赤い長髪はポニーテールにして結んでおり、背も高く、その割には出る所は出て締まるところは締まっている。抜群のプロポーションに加えて、年齢は二十五歳だが年齢より若く美しく見えてしまう美貌の持ち主である。
「ここに来てまさか黒いジュエルナイトまで現れるとは……」
ローゼは顎に手を当て考える。
ルーナもまた女性騎操師として珍しい、いや、伝説に近いジュエルナイトの登場に驚いていた。
「闇の属性を表すとされる黒いジュエルナイトですか。まさか実在するとは……」
「あの時、ルーナが来てくれなかったら一巻の終わりだった。感謝しておるぞ」
「いえいえ。私もまさかドッキリでサーニャちゃんを驚かせようと、イカルガに忍び込んだのに、このようなことになるとは夢にも思いませんでした」
ルーナは真剣な面持ちから一転してふざけた調子で言う。そう。彼女こそが六花の行く手を阻んだ二騎目のジュエルナイト――紫のジュエルナイトの騎操師である。
彼女が参戦できたのは襲撃された際に偶然にもジュエルナイトの格納庫にいたからだ。ルーナはすぐさま搭乗し、出撃した先で最初に青いジュエルナイトを見つけたのだ。つまるところ本当に偶然だったのだ。
ルーナは最初自分の目を疑った。
金縁の甲冑のような青い装甲を纏ったジュエルナイトがローゼに向けて、魔導弾を放とうと右人差指にはめた指輪にマナを収束させていた。もちろん、生身の人間が魔導弾を受ければ影も形も残らない。
ルーナは自身の紫のジュエルナイトを駆り、超加速で突っ込むやその勢い全てを伝えるように跳び蹴りを喰らわしてやった。と言っても直撃寸前で左手に装備された円形の盾で防がれてしまったが、ローゼの寝室から離すには十分過ぎる威力だった。
その時に青いジュエルナイトの騎操師の叫び声が聞こえたが、妙に声が反響していたため人物を特定することはできなかった。しかし、声の低さからして男だと分かった。
もっともそれすらも声の仕掛けによるものかもしれないため、断定はできない。
そのままルーナの駆る紫のジュエルナイトは悪趣味な青いジュエルナイトと交戦状態となった。
双剣を構えた紫のジュエルナイトは圧倒的な手数によって青いジュエルナイトを防戦一方に追い込み、動きを封じることに成功した。その間にローゼが自力で逃げると信じていたからできた行動であり、判断だ。それに加えて妹が仕える主の命を狙った者を生きて返す訳にはいかなかった。
紫のジュエルナイトは右手の剣を青いジュエルナイトの盾に叩きつけつつ盾の位置を固定し、左手の剣の切っ先を青いジュエルナイトの頭部目掛けて勢いよく突き出す。その軌跡は間一髪のところで首を逸らすことで躱されたが、頭部の右半分を砕くことに成功した。
ジュエルナイトにとって頭部は人間の頭と同様である。操縦系統や伝達神経系などが集約されたまさに人間で言う脳と言っても過言ではない。それを破壊されれば事実上の敗北である。
「止めだ!」
ルーナが青いジュエルナイトを葬ろうとしたまさにその時だった。
死神と悪魔を連想させる禍々しい姿をした黒いジュエルナイトが現れたのだ。呆気に取られたルーナの隙をついて黒いジュエルナイトは、浮遊することしかできなくなった青いジュエルナイトを牽引し、そのまま黒い疾風となって去っていった。
それから先は六花の駆る白いジュエルナイトと交戦し、結界炉の暴走に巻き込まれ、今の今まで気を失っていた。
「ちょっと姉さん! 姫皇様所有の飛空艇に忍び込むなんて非常識ですよ! それもドッキリだなんて!」
サーニャが顔を真っ赤にしながら物凄い剣幕でルーナに詰め寄る。
しかし、ルーナは優しく笑みを浮かべながらサーニャの頭にポンッと手を置く。
「強くなったわね、サーニャちゃん。私は出てすぐに白いジュエルナイトの結界炉の暴走に巻き込まれて強制稼働限界にさせられたけど、アナタは違う。あの白いジュエルナイトがああする以外に方法がなくなるほど追い詰めたのよ。私は誇らしいわ」
言ってルーナはもう一度優しくサーニャの頭を撫でる。
サーニャは頬を赤くして照れくさそうに、恥ずかしそうに俯く。
「だからね……」
ルーナが急に神妙な面持ちになる。
サーニャは「どうしたの?」と小首を傾げる。まさか先程の戦闘でどこか怪我をしてしまったのかと不安になってしまう。
「ドッキリはご愛嬌ってことで勘弁して!」
成人済み。二十五歳のいい大人であるルーナは悪戯っ子のような笑みを浮かべてサーニャに謝罪した。
サーニャは呆れたように溜め息をつくも、それが姉の平常運転だったと思い出し諦めることにした。
そんな二人のやり取りを見ていたローゼはクスッと笑ってから口を開ける。
「ホントにお主らは仲が良い姉妹じゃな。見ていて微笑ましいわ」
二人より年下のローゼが言うからか思わず笑ってしまった。
張りつめた空気が和らぎ、緊張で締め付けられた糸が緩んでいく。
余裕を見せていても暗殺されそうになった事実はこの場にいる全員に息苦しい圧迫感を与えていた。しかし、それは今振り払われた。今からの彼女等は暗殺される獲物ではなく、獲物を狩る狩人を狩る制裁者である。
「サーニャ、お主は黒いジュエルナイトを追うのじゃ。こちらにはルーナに残ってもらう。もしもの時の判断はお主に任せるぞ」
「承知しました!」
「それとこれを持って行け」
ローゼは懐から桃色の巾着袋を取り出し手渡す。
「これは?」
ローゼは小首を傾げながら問う。
しかし、ローゼは首を振り、
「時が来れば必ず必要になるものじゃ。アヤツに渡してやれ」
「分かりました。では、行って参ります!」
サーニャは真っ直ぐローゼを見て言った。迷いのないその姿には勇ましさすら感じた。
ローゼはサーニャを見送った後にルーナと共に艦橋に向かった。
ここから反撃開始だ。
読んでくださりありがとうございます!
良ければコメントや応援などしてくれるとありがたいです!
よろしくお願いします!
Creation is hard, cheer me up!
Have some idea about my story? Comment it and let me know.