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市立第三病院、痛み診療科、一号診察室。
診察室の外のベンチには座りきれないほど多くの人が並んでいた。その中でも男性が多く、みな鈴木清加(すずき さやか)の呼び出しを待っていた。
20代の若い男性が嬉しそうに、興奮した表情で診察室から出てきた。
「鈴木医師、本当に美人だな。マスクをしていても、あの目は魂を奪うようで、声も素敵だ。本当に甘くて柔らかい声だ…」
友人が尋ねた。「鈴木医師は薬を出してくれたの?」
若い男性は不思議そうに答えた。「俺はふくらはぎが痛いって言ったのに、鈴木医師に外の薬局で体の湿気を取るお茶を買って飲むように言われたんだ。ふくらはぎの痛みとは何の関係があるんだろう?」
友人が言った。「つまり鈴木医師は、お前の頭に水が溜まってるから排出しろって言ってるんだよ」
「何言ってんだよ!」
「早く買いに行かないと、その程度の痛みは自力で治っちゃうぞ!」
……
清加はイライラしていた。
彼女は朝からすでに、痔の痛みや排尿痛など様々な症状を訴える30人の患者を診ていた。
病院では笑顔で接客しなければならないルールがなければ、彼女はとっくに怒り出していただろう。
前の患者をなんとかあしらったところで、また新しい患者が入ってきた。
清加はパソコンに目を向けたまま、顔も上げずに尋ねた。「どこが痛いですか?」
低く荒々しい男性の声が聞こえてきた。「ちょっと言いにくいところで…」
清加は深呼吸をして、怒りを抑えながら言った。「医師からしたら、人体のすべてのパーツは単なる器官や組織に過ぎません。恥ずかしがる必要はありませんよ」
「太ももの内側です」
清加は一瞬にして激怒した。
どいつもこいつも、彼女をからかいに来たのか?
怒りが爆発してしまう瞬間、顔を上げると、隣に座っている体格のいい男性が目に入った。
彼は背筋をピンと伸ばして座り、マスク越しに彼女をじっと見つめていた。
清加は一瞬で言葉に詰まり、何も言い出せなくなった。
彼女はパソコン画面に目を向け、もう一度患者の名前を確認した:小林威(こばやし たけし)、30歳。
やはり彼だった!
「ど、どうして怪我をしたんですか?」今度は清加が緊張し出した。
「任務遂行中に、うっかり犯人に切られてしまったのです」威は率直に答えた。
外傷なのか?
それも清加の診察できる範囲外の症状だ。
しかし威をあしらうわけにもいかず、「隣のベッドに横になって、ズボンを脱いでください。診察します」と言った。
彼はカーテンを引いて、言われた通りにした。
清加は毎日何十回も引かれるあの青いカーテンを見て、突然頬が熱くなった。
しばらくしてから、カーテンをめくって中に入った。
彼の目と合っただけで、周りの空気が滞ったように感じた。
彼はベッドに横たわり、両足を開き、ズボンを膝まで下げた。まるで調理される魚のような体勢だが、彼の放つ冷徹なオーラがあまりにも強いせいで、調理されるのはまるで彼女の方のようだった。
「鈴木医師、診察をお願いします」
彼に促されて、彼女はやっと我に返り、急いで彼の傷を見た。
それは太ももの付け根にある刃物による傷で、かなり深かった。包帯が巻かれていたが、血が滲み出ていた。
傷口が男性器からわずか2センチの距離にあったため、彼女は少し面食らった。
威はかえって冷静だった。「医師の目には器官でしか見えないんじゃなかったですか?」
清加は強がって言い返した。「そっちを見てるわけじゃないですよ。ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してくださいね」
彼女は慎重に包帯を解き、他の神経に損傷がないように傷口を確認してから、消毒を始めた。
手元を注意しながらやっていたが、時々あそこに触れてしまう。
二人とも無言で、空気は凍りついたようだった。
ようやく処置が終わり、彼女は安堵の息を吐き出した。「大したケガじゃないですが、毎日包帯を交換して、水に濡らさないように気をつけてください」
「ありがとうございます」
「お気になさらず、仕事ですから」
立ち上がる時、痛みで体がぐらついたら、清加はすぐ彼を支えた。
彼も彼女の動きに合わせて、手を彼女の肩に置いた。
「仕事はいつ終わりますか?」彼が尋ねた。
「昼の12時です」
「時間ありますか?どこかで話しませんか」
「病院の昼食を予約しましたし、午後も診察がありますから、時間がないかもしれません」清加は言い訳をした。
「じゃあ夜にしましょう。仕事が終わったら迎えに来ます」
「…どうしても話さなきゃダメですか?」清加は尋ねた。
「どうしても話したいことがあります」威の態度は頑なだった。
「じゃあ…分かりました」
威が出て行った後、清加はパソコンの前に戻り、次の患者を呼ぶことをすっかり忘れていた。
外にはまだ十数人の患者が列に並んで待っていた。
彼らは不満そうに話し合っていた。「鈴木医師も色気づいたな。背が高くてかっこいい男が来たら、診察がこんなに長引くなんて。さっきまで入ってた人たちはほんの数分で出てきたのに」
「本当に痛みがあるかもしれないよ?」
「何言ってんだ。俺らが嘘をついているように言うな」
……
午後6時。
清加は電動自転車に乗って病院を出た。
突然威との約束を思い出し、気が散った。
威は彼女と何を話したいのだろう?
彼とは、2ヶ月前のある夜に一度会ったきりなのに。
ただ、あの夜…
考えていると、前のBMWが突然急ブレーキをかけた。清加は反応できず、そのままぶつけてしてしまった。
BMWのドアが開き、スーツを着た男性がムッとした顔で車を降りて走ってきた。車の後部にできたへこみを見て、すぐに怒り出した。
「お前の目は節穴か…」
目の前の人が清加だと気づき、男性の怒りはさらに増した。
彼は激しく尋ねた。「鈴木清加、君だったのか?なぜ俺の車にぶつかったんだ?」
清加もようやくその人が斉藤安信(さいとう やすのぶ)だと気づいた。彼女の元彼で、同じ病院で別の科の医師だ。
2ヶ月前、安信は院長の娘である中村悠真(なかむら ゆま)と浮気し、彼女を捨てた。
以前の安信はいつもシェアサイクルで通勤し、ユニクロのセール品ばかり着ていたのに、たったの2ヶ月で、BMWに乗り、スーツを着るようになったなんて。さすがの清加も一瞬で誰だか分らなかった。
「わざとぶつかったわけじゃないわ。君が急ブレーキをかけたせいなのよ」清加は言った。
「だったらもっと距離を置けば?清加、そんなに俺のことが好きなのか?何度言えばわかるんだ、俺と君は合わないって。顔はまあまあなだけで、家柄も収入も教養も、どれ一つも俺と釣り合わないだろ?」
清加もかッと来た。「そんなこと言わなくてもよくない?私を追いかけてた頃は、私を褒めちぎって、朝食を買ってきたり、バラを贈ったり、奴隷や犬のように私に媚びていたじゃない。あの時はどうしてこんなことを言わなかったの?」
「君はどんな人間なのか、知らなかったんだ。君にそんなに多くの男がいるなんて知っていたら、絶対に追いかけなかったよ」
「何だって?もう一度言ってみなさいよ!」清加は電動自転車から降り、怒りに満ちた表情で安信を見つめた。
安信は軽蔑するように言った。「お兄さんが全部教えてくれたんだ。小さい頃から複数の男と関係を持っていて、ちょっとしたご褒美で簡単に引っかかるんだって。君は本当に悠真の足元にも及ばないよ」
パチン!
清加は安信の頬に強烈な平手打ちを見舞った。