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บท 10: 第10話:エルフの村(1)

 切り株をそのまま巨大にしたような家々に、木の板で作られた起伏に富んだ細い道。森の中というロケーションを最大限に活かしつつ、薄暗くならないように開かれている。

 エルフの村は、人間基準から見ると不思議な作りの場所だった。人の往来よりも、自然と共生することに気を払っている。そんな印象を受けた。

 俺とアンスルは、そんな村の中央に設けられた広場に案内された。行事がある度に集まるんだろう、ここだけ地面が固められていて、簡易的な屋根まで作られている。その屋根も巨大な木の葉を模した、見事な工作によるものだ。この世界のエルフは手先が器用らしい。

「久しぶりだね。領主アンスル。そして、変わったお方と一緒のようだ」

 用意された四角いテーブルを囲って、俺達は族長と話し合いの場につくことに成功した。周りには村のエルフが全員集まっている。全部で二十人くらいか。政治的なことも開かれた場所で行われるようだ。

 インフォによるとエルフは氏族単位で村を形成するため、長は族長と呼ばれるそうだ。

 この村の族長は穏やかな雰囲気の男性で、アンスルを優しく迎え入れてくれた。

 とはいえ、春に来た時、協力を拒んだのはこの人だ。油断はできない。

「お久しぶりです、族長様。こちらはヴェル。エリアナ村の地下遺跡で眠っていた、魔法文明の遺産にして、ミナティルス家の守護者です」

「ほう。地下遺跡。どのような経緯でアンスルの元に?」

 族長の目が一瞬鋭くなった。優しそうなのは見た目だけ、現実的な判断をするタイプ。そう見える。

「元々、私は古代魔法の研究をしておりました。村に来てから、合間を見て眠っているヴェルを調べていたのです。そして、先日魔物の襲撃を受けた際に進退窮まった際に賭けに出たのです」

「魔物……そうか、活動期だからね。ホブゴブリンでも来たのかな?」

「ゴブリンキングの一団でした」

 その言葉に、周囲のエルフ達が言葉に詰まる。

「……ゴブリンキング。そうか、災難だったね。失われた命が安らかであることを。温かな風と土に導かれることを」

 族長の言葉に合わせるように、エルフ達が黙祷と共に同じことを呟く。エルフ流の追悼なのだろう。

「感謝致します。魔物の群れを撃退できたのはヴェルの力によるものです。彼には古代の魔法と知識が詰まっているのです」

 ついでに異世界の知識もちょっと入ってるけどな。軽くアピールするべく、族長に一礼してみせる。

「ふむ……。以前、僕が協力を拒んだ際に言ったね。この地で生きる証明をしてみなさい、と。それが彼かな?」

 少し考えてから、アンスルはゆっくりと頷いた。

「ヴェルの力があれば、生きていけます。ですが、それは始まりです」

「始まり? 更に先があるということかな?」

 族長が楽しそうに笑みを浮かべながら問いかけに、アンスルが堂々と答える。

「私はエリアナ村を大きくします。村ではなく町に。王国がうかつに手出しできないくらい、強い存在になります。この最果ての地で」

 その宣言に驚いたのは、族長以外のエルフ達だった。無茶なことを、みたいな風に思っているのが伝わってくる。

「大きく出たね。それで、なにが望みなのかな? まさか、古代のゴーレムを見せびらかせに来たわけではないだろう?」

 俺ってゴーレムなのか?

『分類的にはそのように認識されるようです。どちらかというと、貴方の知識にあるアンドロイドに近いのですが』

 ちょっと不満そうにインフォが言った。

「力を貸してください。村には足りないものが沢山あります。食料や厳しい冬でも育つ作物の種。エルフならば交易に使える品もあるかと思います。私達からお出しできるのはヴェルの力です」

「ちょっと虫が良すぎるよ!」

 後ろから鋭い声がかかった。振り返れば、銀髪の女性エルフが一歩前に出て来ていた。俺が森の中で最初に見た人だ。

 彼女は一瞬、俺を睨みつけると、アンスルに言葉を続ける。

「ゴーレムを目覚めさせ、魔物を退けた。それはいい! だから、すぐに私達を頼るのはどうなの? 今、強くなるとか偉そうに言ってたでしょう!」

 痛い所だ。俺達は非常に自分勝手なお願いに来ているのは事実だ。

「その通りです。私達から用意できるのはヴェルの力だけ。しかし、彼にはそれだけの価値があります」

「たしかに、森であたしを見つけたのは大したものだけどね。それだけでしょう?」

「落ち着きなさい。シジリィ。失礼、彼女は若いエルフなのでね、少々血の気が多い」

「いえ、正確な認識だと思います」

 思わず俺も頷く。それを見た族長が軽く笑みを浮かべた。

「ふむ。……二日ほど前、エリアナ村のある辺りで大きな火の魔法を使ったようですね。感覚の鋭いものが察知しました。あれもヴェル殿が?」

「はい。赤枯草を魔法で焼き払い、その後は水路を作ってくれました」

 一部のエルフがざわめく。「あれを一人で」なんて呟きも混ざっていた。あれ、遠くから見たら大火事に見えたろうな。

「領主アンスル、君は何らかの目算があってここに来たね?」

「はい。今は魔物の活動期。森はエルフの領域とは言え、苦労しているのではないかと」

 試すような物言いに対して、さらりと答えるアンスル。膝の上で握られた拳が、一層固くなったのを俺は見逃さなかった。

 彼女は必死に交渉しているんだ。どうにか、村を存続させるために。

 なら、魔物退治でも何でもしようじゃないか。

 族長は、しばらく考え込む仕草をしてから、口を開いた。

「よろしい。ゴブリンキングを退けたその力、頼らせて貰うとしましょう。エリアナ村の領主アンスル殿の覚悟を見ました」

 微笑みながら、族長は前に来ていたエルフのシジリィを見る。

「そこのシジリィは優秀な狩人です。彼女と共に、魔物狩りをしてください。その結果で、最終判断とします」

 それを聞いたシジリィが、一瞬驚いた後、凄い形相で俺を睨んできた。

 やばいな。最初のやつで印象最悪か?


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