美月は目を細めたが、視界はぼやけ、迫ってくる影の正体を見分けることはできなかった。
次の瞬間、その影は容赦なく彼女へと飛びかかる。
本能では拒絶しようとしたはずだった。大声で助けを求めるつもりだった。
しかし──抱き寄せられた瞬間、熱に浮かされた身体が求めていたものを悟る。欲しいのは拒絶ではなく、抱擁だった。
抑えきれない衝動に任せ、彼女は男の肩に手を回し、乱暴に唇を重ねる。
視界は依然として霞み、相手の顔立ちは判然としない。
だが、もはや理性は働かなかった。
──身体が爆ぜる。
(苦しい……)
気がつかないうちに長い時間が過ぎていた。
浴室には熱気が漂っている。
痛みに襲われた刹那、美月は一瞬だけ正気を取り戻す。
だが目に映ったのは、男の胸に刻まれた、三日月のような痕跡だけ。
次の瞬間には、熱の奔流に呑み込まれ、すべては白い靄に消えていった。
夢のように──彼女は落ちていった。
、
目を覚ますと、美月は裸のままベッドに横たわっていた。肌に残る痕跡が、昨夜の出来事を鮮烈に思い出させる。
「……っ!」
彼女は慌てて身体を起こし、シーツを掻き寄せて身を隠す。
部屋を見回すと、暗がりにいたはずの海斗が、蒼白な顔で床に倒れていた。
昨夜の出来事が断片的に蘇る。
甘ったるい香り、浴室の冷水、そして──押し寄せる熱に任せて受け入れてしまった誰か。
「まさか……彼が、伊藤海斗?」
この部屋には二人しかいなかった。そう考えるしかなかった。
震えが止まらない。
父と継母に売られ、ここに送り込まれた。何もせず逃げられると思っていたのに──初日にして薬を盛られ、余命わずかな男と結ばれてしまうなんて。
「……いや……」
顔から血の気が引き、涙が大粒となって零れ落ちた。
その時。
ガチャリ。
ドアが勢いよく開き、メイド服の女たちが数人入ってきた。
「海斗様、もう翌日になりましたので……お掃除に参りました」
恭しく告げる声。
海斗は返事しなかった。
美月は反射的に顔を上げ、必死に涙を抑え、衣服を探しながら、ドアが開いているうちに離れようとした。
しかしベッドにも、床にも何もない。
仕方なくシーツを纏って立ち上がった。
一方でメイドたちは、床に倒れる海斗に気づき、慌てて駆け寄る。
「海斗様!どうなさったのですか?」
そのうちの一人が彼の鼻先に手を当て、青ざめた顔で飛び退いた。
「……息が……ない……!海斗様が……呼吸してない!」
絶叫が、部屋中に響き渡った。