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บท 4: 第四話 隠された才能

 陰陽寮の見学を終えた蓮麻呂は、自室に戻ると一人きりの時間を噛み締めていた。格子戸から差し込む夕日が、畳の上に縞模様を作っている。

(あの建物群...本物の陰陽寮...)

 見学中に目にした光景が、まだ鮮明に脳裏に焼き付いていた。占術室で行われていた星読み、式神作成工房での人形への魂込め、そして結界術の実演。全てが前世で憧れ続けた陰陽道の世界そのものだった。

 しかし、同時に屈辱的な思い出でもあった。

「蓮麻呂殿の実力測定も行いますか?」

 陰陽寮の職員がそう提案した時、兄たちの反応は冷ややかだった。

「まあ、一応は」蓮太郎が苦笑いを浮かべた。「期待はしないでください」

 そして行われた簡単な術式テスト。基礎的な火術「炎弾」を放つだけの単純なものだったが、この身体の主では小さな火花を散らすのが精一杯だった。

「まだまだ修行が必要ですね」

 職員の言葉は優しかったが、その表情には明らかに失望の色があった。兄たちの「やはり」という顔も忘れられない。

(でも...あの時、確かに感じた)

 蓮麻呂は右手を見つめた。炎弾を放とうとした瞬間、前世の知識が頭の中で激しく回転していた。五行思想における火の位置、エネルギー変換の理論、そして術式の構造的改良点――。

「やってみよう」

 蓮麻呂は立ち上がり、庭に面した縁側に出た。周囲に人の気配はない。小菊も夕食の準備で忙しいはずだ。

 月明かりの下、蓮麻呂は手を前に差し出した。前世の記憶を頼りに、陰陽術の理論を思い返す。

(火術の基本は、体内の陽の気を五行の火に変換すること。しかし、従来の術式には無駄が多い)

 現代の科学知識が、古代の術式と融合していく。エネルギー保存則、熱力学の法則、分子運動理論――これらの概念を陰陽術に適用したら?

「炎弾」

 小さく呟いた瞬間、右手に小さな火球が生まれた。しかし、それは昼間のものとは明らかに違っていた。より安定し、より集約された炎。

「まだ改良できる」

 蓮麻呂は興奮していた。理論が実践と結びつく快感。前世で感じることのなかった、真の学問の喜び。

 今度は燃焼効率を上げるイメージを描きながら術式を発動した。

「炎弾・改」

 右手から放たれた火球は、庭の石灯籠を軽々と溶かした。威力は従来の三倍以上。しかも、霊力の消費は半分以下。

「すごい……本当にできた」

 興奮を抑えきれない蓮麻呂は、次に式神術に挑戦した。紙で小さな鳥を折り、そこに魂を込める術式。これも前世の知識を活用して改良を加える。

「式神召喚・紙鳥」

 手のひらの紙鳥が、まるで生きているかのように羽ばたき始めた。美しい啼き声まで響かせながら、庭の上空を舞い踊る。

(理論は完璧に理解できる...これは間違いなく前世の知識の恩恵だ)

 しかし、喜びと同時に困惑もあった。なぜ昼間はうまくいかなかったのか?考えてみれば答えは明白だった。

(意識的に力を抑えていたんだ...この身体の主の記憶に引きずられて)

 長年の劣等感が染み付いた身体は、無意識のうちに失敗を選択していたのかもしれない。しかし、前世の記憶がある今の蓮麻呂には、そんな制約は存在しない。

「でも...…この力は隠した方がいい」

 冷静になった蓮麻呂は、現状を分析した。急激な実力向上は周囲の疑念を招く。特に、政治的陰謀が渦巻く都において、注目を集めすぎるのは危険だった。

(まずは基礎を固めよう。そして、少しずつ実力を見せていけばいい)

 紙鳥の式神を消去しながら、蓮麻呂は今後の方針を決めた。表向きは平凡な三男として振る舞い、裏では現代科学と陰陽術の融合技術を研究し続ける。

「若様、お夕食の準備ができました」

 小菊の声が聞こえた。蓮麻呂は慌てて術式の痕跡を消し、何事もなかったような顔で振り返った。

「今行く」

 しかし、胸の奥では静かな炎が燃え続けていた。この世界で、必ず自分の道を切り開いてみせる。そのために必要な力は、もう手に入れたのだから。

 縁側に立つ蓮麻呂の影が、月光に長く伸びていた。それはまるで、彼の秘められた野望を象徴するかのように。


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