美咲は失業した。
ただの「失業」ではない。
桐城――この巨大な国際都市で、完全に、行き場を失ったのだ。
どこへ行っても仕事が見つからない。彼女の顔を見た途端、皆が一様に追い出す。
レジ打ち程度の求人を出しているスーパーでさえ、彼女を拒んだ。
「うちが人を取らないんじゃないんです。あの『大仏』を敵に回すわけにはいかないんですよ」同情したのか、一人がひそひそと耳打ちしてくれた。「京極さん、よく考えてみなさい。いったい誰を怒らせたんですか?」
――そう、誰を怒らせたというのだろう。
家を潰されたことでは飽き足らず、
家族までも死に追いやろうとするなんて。
そんな徹底した冷酷さ、美咲には一生かかっても真似できない。
よく「最も毒なのは女の心」などと言うけれど。
――笑わせる。
本当に恐ろしいのは、男の残酷さだ。
*
藤堂楓が、カフェで会おうと連絡してきた。
化粧をしていない楓は、いっそう儚げで繊細に見える。
彼女は一枚のキャッシュカードを差し出し、声を潜めて言った。「中に四十万円入ってるわ。美咲、まずは弟さんの今週の透析費に使って。お父さんの看護費用は、私がどうにか考えるから」
いつもの笑顔を崩さなかった美咲の顔が、堪えきれずに震えた。目尻が赤く染まり、彼女は小さく顔を背けて、かすれた声を絞り出す。「……楓ちゃん、本当にありがとう」
苦しいときに、まさか「暗夜」で知り合った友人が助けてくれるとは。
まだ三ヶ月しか付き合いのない仲だというのに。
楓は美咲とは違い、身を売ることはない。「暗夜」のホールスタッフとして、月給は二十万円。四十万円は、ほぼ二ヶ月分の給料だ。
その手を握りしめながら、楓は淡く微笑む。「当然よ。美咲は私の友達だもの。困ってるのに、放っておけるわけないじゃない」
美咲は唇を強く噛みしめた。赤く潤んだ瞳で楓の顔を見つめ、低く囁く。「楓ちゃん……恩に着るなんて言わない。いつか必ず、あなたが困ったときは、全力で助ける」
――今の自分が言うと、空約束のようにしか聞こえないだろうけれど。
「うん」楓は静かに笑った。見返りなんて期待していない。ただ、美咲がそう言ってくれたことが嬉しかった。少し間を置いて、彼女は声を潜める。「美咲……誰があなたを潰してるのか、知ってる?」
美咲は小さく頷き、微笑んだ。だがその笑みはどこか色褪せている。
「知ってる」
桐城中、今や誰もが知っていること。
篠原青斗――。
彼がひとこと命じれば、桐城中の誰一人として彼女を雇う者はいない。
彼は今、栄華の絶頂にいるのだ。
「美咲……これから、どうするつもり?」
美咲は唇を噛みしめ、ゆっくりと笑みを作った。だがそれはどこか諦めに似ている。
「わからないわ」
篠原青斗は、想像以上に容赦がなかった。
あの夜、逃げ出したことをさえ後悔するほどに。
あのまま彼に辱められるだけなら、命を奪われるよりはマシだったのかもしれない。
命の危機に瀕してまで、
くだらない自尊心を守ろうとしたなんて――。
なんて滑稽なんだろう。
結局のところ、こんな窮地に陥ったのは自業自得。
篠原青斗の冷酷さを、甘く見ていた。
楓は彼女を見つめ、ため息を落とした。そして冷え切った彼女の手をぎゅっと握り、静かに告げる。
「美咲……あまり長くは一緒にいられないの。行かなくちゃ」 紬は二人の仲を警戒しており、関わるなと強く言われている。彼女まで巻き込みたくなかったのだ。
「お金のことは、私がなんとか考える。だから……あまり思い詰めないで」
美咲は小さく頷き、か細い声で答える。
「……うん」