その横で、詩織はずっと俯いたまま、落ち着かない手で服の端をぎゅっと握っていた。
彼がその言葉を言った時――あの、真っ直ぐで、逃げ場のない視線。あまりにも反則だった。
マスクがなかったら、恥ずかしさで地面に沈んでいたかもしれない。
さっきまで「いい値で売る!」なんて言っていたのに、今はタダでもいいだなんて……どんな無節操?
猫を抱えたまま彰は眉を寄せ、押しのけられた詩織を見つめた。遥はびくりと肩を震わせる。なぜだろう、背筋がひやりとした。
「いえ、あげないで。買います。いくらですか?」そう言って、彼はテーブルの上のケージに視線を移した。「それも、売ってますか?」
詩織もその視線を追う。
そして思わず心の中で叫んだ。――泣きたい。あれ、私の猫なのに!
幸い、遥はまだ良心のある売り手で、完全に美貌に負けたわけではなかった。「イケメンさん、あちらはすみませんが、私の隣のこの美女が一ヶ月前に予約していたんです」
「ふむ」
「アフターケアも付きますか?」
「もちろんです。当店の至高VIPになっていただければ、生涯保証もお付けできます」
再び自分に注がれる視線を感じて、詩織は思い切って男性を見上げた。二人の視線がふと空中で交わった。心臓の鼓動が速くなり、彼女は笑おうとしたが、マスクをしていることに気づいた。
澄んだ光を宿した瞳だけが見えていた。
晴彦から電話がかかってきた。
「彰、どこに行ったんだよ。ちょっと買い物に行っただけなのに姿が見えなくなった。まさか俺に内緒で女の子ナンパしてるんじゃないだろうな!」晴彦の声は大きく、離れていても詩織にははっきりと聞こえ、彼女は一瞬で完全に熟したエビのような赤さになった。
支払いを済ませると、男性は猫のケージを持って出て行った。
遥は嬉しそうに入金された金額を見つめていた。
詩織は考え深げに男性の去っていく背中を見ていた。
良かった、1日のうちに2回も会えた。
子猫はまだ小さく、店に客がいない時に遥が彼女にいくつか注意点を教えてくれた。
小さな子猫は柔らかく彼女の手のひらに収まっていた。
特製のミルクを飲み終わったばかりで、猫の口の周りには白い輪ができていた。
白い小さな塊で、毛もまだ生え揃っていなかった。
「これからミルって呼ぼうか?」その肉付きの良い体を軽くつついて、詩織の気分はずっと良くなった。「ミル、ミル、ミル……今日彼に会えたの、嬉しい」本当に嬉しかった、彼女はこんなに嬉しく感じるのはずいぶん久しぶりだった。
彼は高木彰!
かつてエンターテイメント界の頂点に立った男性で、華国史上最年少かつ初の主要映画賞を総なめにした俳優だ。
世界で最も影響力のある人気男性エンターテイナートップ10でも、彼はいまだに3位を維持している。
今では、華国エンタメ界の半分を支配する男。
さらに、星遠グループの社長でもある。
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深夜。リビング。
小さな子猫は詩織が用意した小さなベッドで甘く眠っていた。
バルコニーに寄りかかった彼女はビール缶を握り、頭を後ろに傾けて大きく一口飲んだ。
ぼんやりと、灯りのともる通りを見つめていた。
錯覚だろうか?
それとも彼女が酔っているのだろうか。
そうでなければ、なぜ道路の端に見覚えのあるシルエットがゆっくりと進んでいるように見えるのだろう。
「……彰」目を伏せ、ずっと胸の奥に埋めていたその名前を、そっと呼んだ。
街灯の下のぼんやりとした人影がだんだんはっきりしてきた。
晴彦に送ってもらうことを断り、車も集まりの場所に置いたまま、少し酒の匂いのする人がゆっくりと家に歩いて戻っていた。
玄関近くまで来て、家に小さな仲間が増えたことを思い出した。
街灯の下、タバコに火をつける。夜の闇に、赤い火がひときわ鮮やかに浮かんだ。
指の間に挟まれたタバコを二口吸ったところで、突然カラカラという鮮やかな音が聞こえた。
詩織は「あっ」と懊悩の声を上げながら、1階の庭に落ちた空き缶を見た。
街灯の下の男性は音がした方向を見上げ、体が急に固まった。
落ちた灰が高価なコートに穴を開けた。