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Bölüm 3: 3. 伝説の第一歩

 人間界、王都から馬車で半日の距離にあるC級ダンジョン『ゴブリンの洞穴』――――。

 朝の陽光が差し込む入口付近は、冒険者たちで賑わっていた。革鎧の剣士、杖を持った魔法使い、弓を背負った狩人――それぞれがパーティを組み、今日の探索計画を話し合っている。

 そんな中、明らかに場違いな二人組が現れた――。

「おい、見ろよ……なんだあれ」

 髭面の剣士が、目を丸くして指差した。

 銀髪を風になびかせながら歩いてくるのは、どう見ても十代半ばの美少女。白地にピンクのフリルドレスに白いニーソックス。防具など一切身に着けていない。ただ、その背中に不釣り合いなほど巨大な、幅広の大剣を背負っているのが異様だった。

 その肩には、手のひらサイズの妖精も座っている――。

「新人か? それにしても……」

「ソロでC級ダンジョンは無謀だろ」

「つーか、あの剣、持てるのか? 身長より長いぞ」

 ひそひそと囁き合う冒険者たち。その視線には好奇心と、明らかな侮りが混じっていた。

 マオは無表情のまま、視線など意に介さず歩みを進める。いや、正確には――。

(殺気を抑えろ……殺気を抑えろ……)

 内心で必死に自分に言い聞かせていた。馬鹿にした視線を向けてくる人間どもを、反射的に睨み殺しそうになるのを必死で堪えている。

「マオ、そろそろ始めますよ」

 肩の上のリリィが小声で囁いた。

「……ああ」

 ダンジョン入口から少し離れた場所で立ち止まる。リリィが小さな手をひらひらと振ると、ゴーレムアイが起動し、ゆっくりとマオの周りを旋回し始めた。

 魔力水晶が淡く光り、画面の隅に赤い『LIVE』の文字が灯る。

 配信開始。同時接続数――五人。

「はーい、みんな見てるー?」

 リリィが元気よく手を振った。カメラに向かって満面の笑みを浮かべる。

「新人ダンジョンライバーの『銀月の剣姫マオ』だよっ! 今日は記念すべき初配信! 初めてのダンジョン、頑張っちゃいます! 応援よろしくね!」

 画面の横に、リアルタイムでコメントが流れ始めた。

〔お、新人か〕

〔可愛い!〕

〔妖精連れてるの珍しいな〕

 リリィは調子に乗って続ける。

「今日のマオは、とーっても元気! ね、マオ?」

 カメラがマオの顔をアップで映す。

 マオは――カメラを睨みつけていた。赤い瞳に宿る光は、どう見ても「元気」というより「不機嫌」だった。

「……行くぞ」

 ボソリと一言だけ呟いて、さっさとダンジョンの方へ歩き始める。

(陛下! 自己紹介と笑顔! お約束でしょうが!)

 リリィの念話が頭に響く。魔法による意思疎通は、視聴者には聞こえない。

(……知るか。さっさと終わらせる)

(もう! せめて視聴者に挨拶くらい……!)

 マオは完全に無視して歩き続ける。リリィは慌ててフォローを始めた。

「あはは……マオってば、緊張しちゃってるみたい! 実はすっごく人見知りなんです! でも頑張り屋さんなんですよ~」

〔人見知りには見えないw〕

〔むしろ人を見下してる?〕

〔クール系美少女か〕

「そうそう! クール系! でも本当はとぉーーっても優しいんです!」

 リリィは必死だった。このままでは視聴者が離れてしまう。

「あ、そうだ! 今日はなんと『防具なしRTA』に挑戦しちゃいます!」

〔は?〕

〔防具なし!?〕

〔正気か?〕

「この洞穴、普通のパーティなら六時間はかかるって言われてるんですけど……マオなら何分でクリアできるかな? みんなも予想してみて!」

〔いや、そもそも無理だろ〕

〔そんな装備で大丈夫か?〕

〔死んだな、これは死んだ〕

〔まあ、リスポーンすればいいけど〕

 コメント欄が不安と心配で埋まっていく。誰一人として、この美少女が成功するとは思っていない。

 その時、マオが立ち止まった。

 ダンジョンの入口、薄暗い洞穴の前で、背中の大剣の柄に手をかける。

「……うるさい」

 小さく呟いた。

〔え?〕

〔今なんて?〕

 マオはゆっくりと振り返った。カメラ――いや、画面の向こうの視聴者たちを真っ直ぐ見据える。

「余は……」

 言いかけて、リリィが慌てて頭をパシッと小突く。

「マオは、強い。だから黙って見てろ」

 その深紅の瞳にギラリと恐ろしい輝きを放つと、再び前を向き、静かにダンジョンの中へと一歩を踏み出した。

 薄暗い洞穴に、ドレスの裾がひらめく。銀髪が、仄かな魔力灯の光を反射して輝いた。

〔なんか……カッコいい?〕

〔いや、でも防具なしは……〕

〔まあ、見てみようか〕

 視聴者数が、じわじわと増え始める。五人から、十人、二十人へ――。

 マオの小さな背中を、ゴーレムアイのカメラが静かに追いかけた。

 それが後に『最速ダンジョン攻略』『美少女最強伝説』『ゴブリン絶滅の日』などと呼ばれる、伝説的配信の始まりだとは、この時誰も思いもしなかったのだ

 ただ一つ確かなのは、人間界の配信史上、最も異質な新人が、今まさにその第一歩を踏み出したということだけだった。


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