アイズリンは、次にかけるべき言葉を探して慎重に考えた。慰めとして最適な一文を。
「大丈夫、あなたには“別の誰か”が必ずいるわ」彼女はそっと言った。「だって、舞踏会って本来そういう場でしょ? 信じて。次の月、あの扉をくぐったとき、まだ出会っていないプリンスがちゃんと待っている。彼と踊れば、あなたは彼の素晴らしさに気づくし、彼も同じだけあなたを見出す。二人は恋に落ちて、プリンス・ジャストリアンのことなんて――きっと、忘れてしまう」
――だが、その名を口にしただけで、ジェサミンの涙はむしろ勢いを増した。
翌日。授業へ向かう道すがら、アイズリンとジェサミンが並んで歩いていると、どこからともなくコララインが飛び出してきて、アイズリンをぎゅっと抱き締めた。
「おめでとう!」肺の空気が抜けるほどの抱擁とともに、コララインは悲鳴に近い声を上げる。「今、最高に幸せでしょ!」
コララインの興奮からなんとか解放されると、アイズリンは横目でジェサミンをうかがった。唇の端がわずかに震えている――彼女が平静を取り戻す前の、かすかな合図。
「結婚のことで頭がいっぱいよ」アイズリンは、わざとぼかした言い方で答えた。コララインを親友と呼べるほどには近いが、真相をすべて打ち明ける準備はまだ整っていない。
こうしてアイズリンを真ん中に、片側にコラライン、もう片側にジェサミンという並びで教室へ向かったが、二人は互いの存在をあからさまに無視した。いつかこの二人が礼儀正しく会話できる日が来るのか――アイズリンは天を仰いで目を回しそうになる。とはいえ、少なくとも最初のあの雨中の喧嘩以来、物理的衝突が起きていないだけマシ、とも思えた。
何より今、アイズリンが集中すべきは“婚約”の回避だ。日が少しずつ長く、そして暖かくなる――冬の終わりと春の接近は明らかだった。まもなく、ほかのプリンセスたちもそれぞれの「真実の恋」を最終決定していく。ということは、学院側がアイズリンに**早めの“危機”**を用意し、救出劇を年次の“救出待ち”渋滞が本格化する前に片付けようと急いでいる可能性が高い、ということだ。
時間は、容赦なく減っていた。いま策を立てなければ、もう一度のチャンスすら訪れない――アイズリンの胸中に、そんな焦りが濃く沈む。
その晩、アイズリンは再び学長室へ呼び出された。扉を開けると、エリサンドラもフェアリー・ゴッドマザーもおらず、学長ただ一人。示された椅子に腰掛けると、彼は指を組み、厳かに口を開く。
「エルサンドリエル=アナイス姫――あなたは重大な危機にある」
あまりの芝居がかった調子に、アイズリンは思わず「えっ」と素っ頓狂な声を漏らす。
学長は窓辺へ歩み、没りゆく夕陽を背に**“絵になる”**影を作ったまま続けた。
「本当に心配しているのです、姫。春はすぐそこだ。人々は芽吹きや仔獣の誕生を祝う一方で、この季節特有の危険を見落としがちになる。春が来れば、プリンセスには常に危機が訪れる」
その含意は、すぐに飲み込めた。アイズリンはほんのわずかな恐怖を滲ませて尋ねる。
「――つまり、私が“危険に遭う”段取りを、もう組み終えているのですね?」
学長はくるりと振り返った。
「運用上の細部を明かすわけにはいきません」きっぱりと言い、「ただ一つ、忠告だけはできる――ウォーロックに用心なさい」
「ウォーロック?」アイズリンは思わず聞き返す。「本気ですか? ウォーロック? もっと普通に、オーガとかドラゴンとかは? ウォーロックなんて、ろくに術も使えないじゃないですか。一般的なウォーロックがプリンセスを危険に陥れた話なんて、聞いたことも――」
「黙りなさい!」学長の眉間が寄る。「私は“ウォーロックを警戒しろ”と言っただけで、“ウォーロックが危険を起こす”とは一言も言っていない。だが、皮肉にもウォーロックに誘拐されたからといって泣き言を言わぬよう。君が将来グレロリアの王妃になると知れ渡った今、捕らえて身代金代わりに力の蓄積を要求しようとする輩は、いくらでも湧く。――グレロリア、知っているね、エルサンドリエル=アナイス姫?」
アイズリンは目を転がしつつも、無駄な反論を飲み込み、代わりに王国に関する知識を手繰り寄せた。数拍ののち、微かな既視感が輪郭を取る。
「――最高級の魔法杖が作られる国!」ひらめきが口を突く。「お姉ちゃん、入学前にグレロリア製の杖をどうしても欲しがってた。でも高価すぎて手が出ないって」
「そのとおり」学長は満足げに頷いた。「グレロリアン・ワンドは世界で名高い。希少・強力・堅牢――今日造られる杖で最高峰だ。だからこそ、ウォーロックは君を攫い、その力の危険な付け替えを条件に人質にする誘惑に駆られる。常に用心することだ」
「具体的には、いつ特に警戒すべきでしょう?」アイズリンは肝心の“予定時刻”を探る。
「そこまでは教えられない」学長は肩をすくめた。「が、ひとつ一般的助言はできる。仮に――来週の火曜、午後十時に――荷物をまとめ、出発の準備を整えておく者がいるとして。そういう者は、“危機”の取り回しがずっと楽になるかもしれない、とな」
「心に留めておきます」アイズリンは短く答えた。
「結構」学長は急に事務口調へ戻る。「では授業に戻りなさい」
アイズリンは片眉を跳ね上げた。
「今、七時半です。最終コマは四時間前に終わりましたけど」
「反論か?」学長の声が一段高くなる。「怒らせないうちに、部屋へ戻りなさい!」
アイズリンは口の端に嘲笑を浮かべて学長室を出た。彼の出来の悪い癇癪芝居は、いつだってどこか滑稽だ。建物を出ようとしたところで秘書に止められる。
「エルサンドリエル=アナイス姫でいらっしゃいますね?」身元確認ののち、秘書は分厚い紙束を差し出した。「こちらにご署名を」
アイズリンは目にも留まらぬ速度で法的書類を繰り、ざっと目を通す。
「これは……何の同意書でしょう?」
秘書は抑揚のない声で読み上げる。
「全プリンセス共通の標準合意書です。ご署名により、姫君が“危機下”にある間に被ったいかなる損害についても学院は法的責任を負わないことにご同意いただきます。また、当学院が包括的な教育を提供し、いかなる想定される帰結にも姫君が対応できるよう十分に準備させた――という事実の確認でもあります」
アイズリンは無言で頷き、紙束に必要なサインを重ねた。解放されて正面玄関から夜気へ踏み出すと、先ほどまでの可笑しさは跡形もなく消え、代わりに冷たい現実が胸に降り積もる。手に残るのは、つい先ほどまで握っていた氷のような書類の感触――迫る“危機”は紛れもない本物だという証。
猶予は一週間に満たない。
――アイズリンがアリスとの婚約を打ち砕くための、決定的な策を練り上げるまでの時間は。