その声……どこかで聞いたことがあるような?
言野梓は不思議に思って一瞬立ち止まり、それから口を開いた。
「あの、初めまして。私は言野晃の母親で、言野梓と申します」
手に言野梓の経歴資料を持って目を通していた墨田修は、梓の自己紹介を聞いて、深い眼差しに冷たい光を宿した。
「息子さんを病院に連れて行ってくださってありがとうございます。直接お礼を言いたくて、それと立て替えていただいた手続き費用もお返ししたいと思いまして」
梓がお礼を言うと、電話の向こうは沈黙していたので、彼女は恐る恐る尋ねた。
「いつになったら、ご都合よろしいでしょうか?」
「明日の午前9時に、俺のオフィスまで来てくれ」
静寂の中、墨田修の断固とした冷たい返答が聞こえてきた。
「……え?」
彼のオフィスへ?
梓が困惑して呆然としている間に、電話は切れた。
手元の名刺に書かれた名前と住所を見て、梓はまだ信じられない気持ちだ。
あのキング財団の御曹司って、噂では近寄りがたい人じゃなかったの?なのにそんなにも親切に人を助けるなんて……
翌日の朝、梓は息子の面倒を見た後、約束の時間通りに墨田修を訪ねることにした。
キング財団の本社は安田市で最も繁華な地区にあり、市内で一番高いビルだ。豪華で壮麗な建物は、ある種の地位と身分の象徴でもある。
梓はキング財団の正面玄関に立ち、複雑な気持ちになった。
彼女は現在ジュエリーデザインを専攻しており、いつか優秀なジュエリーデザイナーになることを望んでいた。そしてキング財団のジュエリーデザイン部門は、彼女が将来就職して成長したいと思っている場所だ。
しかし彼女は自分のデザイン能力がまだ、そのようなプロフェッショナルな部門に入るには不十分だということも理解している。
「梓、何を考えてるの?早くお金を返してお礼を言ってなさい、晃を迎えに行かなきゃ。余計なことを考えないで!」
自分自身を叱った後、梓は深呼吸して、ようやくキング財団の玄関を通り、エレベーターに向かった。
エレベーターのドアが開き、梓が一歩踏み出そうとした瞬間、横から強い香水の香りが漂ってきて、ハイヒールを履いた女性が慌ただしく彼女の肩にぶつかり、素早くエレベーターに飛び込んだ。
梓はよろめいて、もう少しで転びそうになった。
「梓?」
言野悠はエレベーターに入って振り返り、エレベーターの外に立っている梓を見たら、驚いた顔になった。
「どうしてあなたがここに?何しに来たの?」
その質問を聞いて、梓はようやく顔を上げ、自分にぶつかった人が「親愛なる妹」の言野悠だと気づいた。
悠は今日、派手な装いをしている。セクシーな黒のミニドレスに艶やかな赤い口紅。
梓は思い出した。今日は悠がキング財団で初出勤する日だった。でも彼女のその格好では、知らない人が見たらパーティーにでも来たのかと思うだろう。
梓が自分を無視するのを見て、悠は少しイライラした様子だ。
「梓、耳が聞こえないの?あなたに話しかけてるのよ」
「私の耳はあなたより千倍ましよ。私がここに来た理由なんて、あなたには関係ないわ」
梓は冷たく言い返し、視線を外してエレベーターに乗り込み、18階のボタンを押した。
エレベーターのドアが閉まり、中には二人だけが残された。
悠はあざ笑い、顔を冷たくしている梓の方を向いた。
「梓、姉妹なんだから忠告してあげるわ。昨晩のことは、アフターピルを飲んでおいた方がいいわよ。5年前みたいに、また余計な子を産み落とさないようにね」
この言葉を聞いて、梓の顔色が急変した。一方、悠は高慢に魅惑的な目を輝かせ、明るく笑った。
「早川社長があなたと寝るために、二百万円も払ってくれるなんて、もしろ光栄じゃない?そういえば梓、お金に困ってるんでしょ?私は新しい生き方を見つけてあげたのよ。感謝しなさいよ。今すぐ私に謝れば、まだあなたを姉として扱ってあげるわ」